『仮面ダンサー』第2話(アイドルマスター SS)

2012年1月2日
拙作(アイドルマスター)

迷走Mindの曲調に連想を得て書き始めた、度の過ぎた悪ノリの集大成です。
平成ライダーはさっぱりわからんので雰囲気がいろいろ古臭いかも。
それ以前にいろいろとライダーより宇宙刑事に近いのは著者の趣味です……
(続き物の2話目になります。)


アイドルマスター SS
仮面ダンサー

※脳内で(或いは実際に)『迷走Mind』(ゲーム版)を再生してください。

仮面ダンサー菊地真は改造アイドルである。
彼女を改造したルッカーは、Vi流行1位の永久固定を企む悪の秘密結社である。
仮面ダンサーはVi持ち歌に恵まれないアイドルの自由のために、ルッカーと闘うのだ!

第2話 『夜を往く!』

 四面楚歌というのは周囲四方を敵に囲まれた状態を指すわけだが、では味方に囲まれた場合を何と表すのか。国語力に優れた者ならば閃くのかもしれないが、少なくとも実際にリアルタイムで囲まれている当人に、そのような思考を巡らせる余裕などありはしないだろう。何しろ、味方は味方でも所属組織の頂点に位置する人物たちに包囲されてしまっているのだから。
 会議室のように長机を二つ、離して平行に並べた広い空間。それぞれの机には片側に2名の人物、もう片側に3名の人物がお互いの机に向かい合うよう着席している。机と机のちょうど間あたりで萎縮しきっているのは、大失態を演じながらおめおめと逃げ帰ってきたメカシリーズ怪人だった。メカであるゆえに発汗作用はないわけだが、もしも生身の人間であれば冷や汗が顔をびっしり覆っているような状況だったであろう。
「うふふ……あはははっ……無様もいいところですね~、メカシリーズ怪人さん♪」
 右側の机の手前側に着席している人物が口火を切った。その風貌は中世近東の将軍といった感じか。漆で表面を綺麗に塗られた軽装の東洋鎧を身に纏っており、頭には耳まで隠れる大きな兜をかぶっている。さらに目元をゴーグルのようなマスクで覆っているため、その素顔はほとんど見えない。
「おめおめと舞踏王子を逃がした上に、変身されたらビビって敵前逃亡なんて、度胸とか根性とかインプットされてないんですか~? ホント、腰抜けは困っちゃいますね~♪」
 ボロクソとはこのことである。しかし口調だけは明朗快活で、それゆえに計り知れない破壊力を持っている。
「将軍、そのぐらいにしておきなさい。」
 隣りに座る人物が口を挟む。フード付きの裾の長いローブを着用しており、そのフードを目深にかぶっているため、やはりその素顔は見えてこない。話す声色は透き通るように美しいが、そこに暖かさは全くない。
「あれ、歌い師ちゃんってば優しいんだ? この程度で放免なの?」
「放免とは言わないわ。それなりの責任は取ってもらわないとならないでしょう。」
 責任という言葉に、メカシリーズ怪人の体が小刻みに震える。
「そうだよね~♪ というわけで、粛清に1票♪」
 全く変わらぬ明るく朗らかな声で死刑宣告を行う将軍。血も涙もあったものではない。
「えーーーーー、そんなの可哀想ですよぉ!」
「そうだそうだー、オーボーだぞー!」
「怪人の使い捨てハンターイ!」
 それまで黙って動向を見守っていた向かい側の3人が一斉に口を開いた。
「大佐さん……あと博士たちも、これは任務に対する評価なのだから、個人的な感情は加味できないわ。」
 きゃいきゃい騒ぐ3人組にも怯まず、歌い師は反論を真っ向から突っぱねる。
「でもでも、いきなりポイはひどいですよぉ。一寸の虫ケラにも昆布の魂って言うじゃないですか~。」
 盛大に間違っている上に結構ひどいことを言っているその人物は、ナチスドイツとよく似た軍服に身を包み、軍帽を目深にかぶっている。左目は眼帯で隠されており、何故か軍服の襟がよれよれになっていた。
「そうだよそうだよ~。あ……じゃなかった、ワタシたちが作った怪人をポイポイ捨てるってあんまりっしょ。」
「うんうん、ま……じゃない、ワタシたち結構頑張って作ってるんだからね~?」
 残された最後の2人は席を近くに並べ、似たような挙動で抗議を続けている。その声色はよく似ているが、微妙に片方が高めで片方が低め。二人ともお揃いの薄汚れた白衣を身にまとい、サイズの大きいゴーグルタイプのサングラスをかけている。ありていに言えば、間違ったマッドサイエンティスト像が凝縮された姿である。

『大佐と博士たちの言うことには一理あるわね。』

 その五人とは別の位置から、やや金属的な響きを帯びた声が聞こえてくる。それはメカシリーズ怪人の正面、壁の少し高い位置にある埋め込み式のオブジェだった。そのデザインは簡単に言うとデフォルメされた兎。目つきはやや悪く、額の部分に赤く光るLEDが埋め込まれている。
『そうね、もう一度チャンスを与えてあげる。』
 像から声が発せられるのに合わせて、LEDランプが点滅する。
「首領が言うんじゃ仕方ないですねぇ……。」
 将軍は心底残念そうにため息を吐く。
「やったぁー! よかったですね、メカさん!」
 とりあえず処刑を免れて胸を撫で下ろしているメカシリーズ怪人は、頭を何度も深く下げて謝辞を表すのが精一杯だった。
「しかし、別の形で責任は取ってもらわないと。」
 そんな良かったムードに水を差す歌い師。どこまでもクールな人物である。
「それはもちろん一つしかないでしょ♪」
 将軍はすぐに立ち直り、また朗らかな口調で歌い師の疑問に応える。
「労務ですよ、労務♪ 今度こそ舞踏王子を連れ戻してきてくださいね♪」
「シ、シカシ ワタシ ノ セイノウ デハ……
 そう、メカシリーズ怪人が早々に引き上げた理由はそれだった。数値的に判断して、舞踏王子には勝てない。力の差が圧倒的なのだ。
「心配しないでくださいメカさん! 私が一緒に行ってあげますから!」
 そんなことを言い出した大佐は、いてもたってもいられず席から立ち上がり、メカシリーズ怪人の脇まで小走りに近寄っていく。
「大丈夫です! ちゃんと話せば舞踏王子さんもきっとわかってくれますから!!」
「は……?」
 大佐の自信満々の発言に呆気に取られたのは、言われてるメカシリーズ怪人ではなく傍で聞いていた歌い師の方だった。何を根拠に大丈夫と言っているのかさっぱり見当がつかない。
「さぁ、思い立ったが落日、麺は生蕎麦って言いますし、早速行きましょう~!」
 あまりの急展開に硬直気味のメカシリーズ怪人の手を取り、大佐は部屋から駆け出して行ってしまった。どう見ても作戦とかそういうのは一切無し。本当に話せばわかると思っているらしい。台風のような怒涛の勢いで去っていった大佐を見送ってから、歌い師は兎のオブジェクトへ視線を向ける。
「行かせて良かったのかしら? 首領さん。」
『構わないわ。あの子なら、もしものことがあっても絶対に逃げ切れるしね。』
 声だけしか聞こえないのでその挙動は一切認識できないが、漏れる空気の音から含み笑いをしているような感じはした。

『お手並み拝見と行こうじゃないの……Daに特化された素体の、ね。』

 秘密結社と戦うことになったとは言え、アイドルの仕事を疎かにすることもできない。ただし長期に渡る撮影などは自由が利きにくくなるので、その辺のスケジュール調整はしてもらうことにした。幸いにして、長くレギュラーで出演していた番組に区切りがついたところだったのだ。
「やっぱりダンスのレッスンは楽しいね~!」
 少し疲れ気味の律子とは対象的に、真は非常に上機嫌だった。体を動かすのが楽しいのはもちろんとして、レッスン自体が久々だったのだ。仕事は仕事で遣り甲斐があって楽しいが、鍛錬でいろいろと身に着けていくのはやはり気持ちが良い。
……面白いわねぇ。」
「何が?」
 唐突に律子が呟くので、反射的に聞き返してしまった。どうせ待っていれば続けてくれるであろうことはわかるのだが。
「昨日、真があの格好になってる間なんだけど、Daが普段の倍近くまで高まってたのよ。」
「Daって?」
「ええとね……まぁダンスの腕前だと思ってくれればいいわ。だけど、さっきのレッスン中のあなたはいつも通りのDaしか計測されていない。それが面白いな、って。」
 何だか小難しい話になってきた。律子ぐらい頭の回転が速いのなら歩きながらの雑談程度のウェイトしかないのだろうが、あいにくこちらは体力勝負を身上としている。だが、話の内容自体は面白そうなので、このまま上の空で聞いていたくもなかった。
「ちょっと休んでこうか? そこの公園、たしかベンチあったよね。」
「あ、そうね……座ってゆっくり話しましょうか。」
 律子には真の魂胆は初めからお見通しだったようである。

 事務所に近い場所にある小さな公園。疲れた時に気を抜くのには最適の場所となっている。ベンチに腰を下ろすと、入り口のあたりにある自販機で買ったスポーツドリンクの蓋を開けて一気にあおる。
……ふーーっ、生き返るね~!」
「中年のおじさんみたいなことしないの。まったく……
 そう言いながらも自身も喉は渇いていたのだろう、律子も真と同じように、一気にかなりの量を飲み干していた。
「それで、さっきの続きだけど。」
「ああ、うん。」
 たしか今の真は昨日の真とは違うという内容だったか。
「あなたがルッカーに何かしらの細工をされたのは間違いないと思うのよ。」
「ふむふむ。」
 確かにそれはおぼろげにだが記憶がないわけでもない。事後の記憶でしかないが。
「ただ、常にその細工の中身が表に出ているわけではないんだわ、たぶん。」
「常にじゃないってことは……いつ出てるの?」
「憶測だけど……昨日の真の姿が、答えじゃないかしら。」
「昨日の……ああ。」
 トゥインクルブラックのような服装にアイマスク。落ち着いて考えると非常に奇抜な格好である。
「あまり安直な言い方も好みじゃないけど、あれって『変身』って奴よね。」
「変身…………
 律子の論述がどんどん先に進んでいくのでほとんどオウム返しのような状態になっているが、真だって何も考えずに漫然と聞いているわけでない。
「あの時は無我夢中だったからよく覚えてないんだよなぁ……
 某合衆国の諜報機関の如き黒づくめの集団に囲まれ、あわや捕まって洗脳手術という状況。とにかくあの窮地を脱する力が欲しかった。
「正直、怖かったわね。黒づくめっていう格好がまた威圧的だし……
「うん、ちょうどあんな格好だったよね……
 何となく視界を動かした先に、全身黒づくめでサングラスをかけた男の姿が映る。
……って、ちょっと待てよ。」
 見回してみると、公園の周りを囲むように黒づくめたちが立っていた。それも全員がこちらに注意を向けている。
……やばい、かしらね。」
 しかし、昨日と少し様子が違う感じもする。あの時はジリジリと間を詰めてきたのだが、今回は完全に監視をしているようだった。たまにちらちらと時計らしきものを見ているようで、つまり何かを待っているということか——

「やっと見つけましたよっ、舞踏王子さんっ!」

 やや舌足らずな、元気の良い声が周囲に響き渡った。そちらに目を向けると、軍服に身を包んだ一人の少女が大急ぎといった感じでジャングルジムを上っているところだった。何かツッコむべきか迷った真と律子であったが、少女が一生懸命なのでとりあえず見守っていることにする。
 本人的には大急ぎなのだろうが、あまり速くないのでその外見的特徴をしっかり確認することができた。背は低く、幼児体型。軍服のサイズが合わないのか、襟はよれよれになっている。目深にかぶった軍帽のためにその顔立ちはよく見えないが、左目を隠す眼帯が印象的である。眼帯に可愛い熊のマスコットが描かれており、物々しい軍服姿との違和感を存分に放っていた。
 およそ30秒後、ジャングルジムの頂上に立った少女は、バランスを崩すことを恐れてか思い直して一段下に立ち、真たちを見下ろしてやはり元気良く声を上げた。
「舞踏王子さん、ルッカーに戻ってくださいっ!」
「いやだよ!」
 即答、それも威勢良く。この少女のパワーにはこのぐらいしないと押し負けそうだ。
「うぅ~、何でですかぁ。」
「何で、って洗脳するつもりなんでしょ!?」
「するに決まってますよ~。」
「だから嫌なんだよっ!!」
 洗脳するから帰って来いと言われて、誰が素直に首を縦に振るものか。
「だいたい、君は何者なのさ?」
 まずこの疑問に答えてもらいたいのだ。タイミング的に、黒づくめたちが待っていたのは彼女だ。ルッカーの名を口にしたことからも、関係者であることは間違いない。
「あ、もうしおくれちゃいました、ごめんなさいっ!」
 少女は慌てた様子で頭を深く下げる。そのいちいち素直すぎる挙動を見ていると、悪の手先に見えなくなってきてしまう。
「私、ルッカー大幹部のゾれぅ大佐ですっ! よろしくお願いしまーす!」
 もう一度頭を深く深く下げる。どうもそうは見えないのだが、「大幹部」という肩書きからして、かなり高位の悪の手先らしい。
「ゾレウ大佐、ボクは……
「ゾレウじゃありません、ゾれぅですよぉ!!」
「え、いや、だからゾれう……
「違いますってばぁ。うぅ~、ゾれぅなのにぃ……
 噛み合っていない。自分の耳に聞こえた通りに呼んでいるはずなのだが。
「えーと、ゾ……れぅ……大佐?」
「そうです、ゾれぅですよー!」
 まるで外国語の発音のような話だ。彼女にとってレウとれぅは違うものらしい。
「それで大佐、真は帰りたくないって言ってるけどどうするのかしら?」
 脇道に逸れまくる話題に、律子が助け舟を出した。初めかられぅの発音を放棄してるのが効率重視の彼女らしい。
「乱暴なことはしたくないんですけどね~……でもっ」
 突然、公園の入り口の方に向き直って手招きをするゾれぅ大佐。何かを呼んでいるのだろうか。

「首領ちゃんに『連れ戻しなさーい!』って言われたから、頑張っちゃおうと思ってますっ!」

 未来からやってきた殺人アンドロイドのように、重々しい雰囲気を纏いながら登場したのは——

「だ、ダンボール……!!」

——先日、真の変身した姿に恐れをなして逃走した、メカシリーズ怪人だった。


 それは明らかに先日尻尾を巻いて逃げていったメカシリーズ怪人とは別人、いや、別メカだった。見た目が変わったわけではない。しかし、その雰囲気は覇気と殺気、そして何より自信に満ち溢れていた。
「ブトウオウジ……コンド ハ マケヌゥ……マケテ ヤラヌ ゾォ?」
 落書きのように付けられたメカシリーズ怪人の四角形の目の中で、濃紺と青を適当に混ぜたような色の渦巻きが幾重にも重なってグルグル回っている。その口調は重々しく高圧的で、どこか正気に欠ける印象を受ける。
「ワタシ ハ マケヌ……キサマ テイド ニ ナド ナァ……?」
「何だ、あいつ……?」
 誰の目から見ても、メカシリーズ怪人の身に何かが起きていた。
「ワタシ ハ オマエ ヨリ ツヨイ! マケ ナド シナイ!!」
「そうです! メカさんは強いんです、舞踏王子さんに負けたりしませんよっ!!」
 不可思議なハイテンション状態になっているメカシリーズ怪人の言葉に、ゾれぅ大佐の応援の言葉が重なる。
「ファイトですーっ!!」
「オーー!! ふぁいと デスーッ!!」
 大佐の明るい激励に、メカシリーズ怪人は頭から煙を吹きながら両手を挙げて応えていた。
「どうも……大佐の応援に思考を麻痺させられてるみたいね。」
「それってあのゾれぅ大佐の特殊能力ってこと?」
「ううん、あまりにも根拠無しの断言を続けられて思考回路が焼き切れたのよ、たぶん。」
 律子の語るところによると、あの手の人工知能は極端にデータ上の有利不利を重視する傾向があるらしい。変身した真とメカシリーズ怪人では、明らかに真のが有利だったようで、それゆえにメカシリーズ怪人は先日は戦いもせずに逃げたのだ。
 しかし、現在付き添いで来ているゾれぅ大佐が何の根拠もなく「大丈夫です、メカさんなら勝てます!」を繰り返すものだから、人工知能がついに自分の分析に疑いを持ってしまい、その結果論理的な思考回路が崩壊、大佐の繰り返す「大丈夫です・メカさんは強いです・勝てます」の三大主張のみが回路を支配してしまった。それが律子の分析らしい。
「つまり壊れたってこと?」
「ぶっちゃけちゃえばそうなるわね。」
 しかしそれはラッキーなのではないか。正常でも有利な相手なのだから、異常を起こしていて勝てない道理などないはずである。自信満々に真はメカシリーズ怪人の方に向き直り、身構えてみせる。
「でもね……
 律子がまだ何か言おうとしていたが、勢いのついた真の耳には届いていなかった。
「ダンボール! 今のお前じゃボクには勝てない、今のうちに大人しく帰るんだ!」
 その言葉を聞いた瞬間、メカシリーズ怪人とゾれぅ大佐は顔を合わせて一瞬沈黙した後、大声で笑い出した。
……え、え? ボク、何かおかしいこと言った?」
「あははは……舞踏王子さん、冗談が上手ですぅ……お腹痛いよぉ……
 特に大佐のツボに入ったようで、ジャングルジムから落ちそうになるほど笑い転げていた。嫌味とかではなく本当に冗談だと思っているらしい。真自身は未だに何故笑われているのか見当が付かないのだが。
「ワラワセテ クレル! イマ ノ キサマ ニ ナド マケヌ ト ナンド イワセル!」
 メカシリーズ怪人はその指先を(と言ってもメカグローブの指は固定されているので、正確には手の先を)真にビシッと突きつける。
「ヘンシン シテ イナイ キサマ ナド ニ ナァッ!!」
「ああああああっっ!?」
 背後から深い溜息が聞こえた。見るまでもなく律子の吐いたものだろう。
 真はすっかり失念していたのである。今現在の自分は戦闘能力など皆無の、ただのアイドルであるということを。純粋で素直そうなゾれぅ大佐が冗談だと思って大笑いするのも無理はない。常人がルッカーの怪人に自信満々に勝利宣言を行ったのだから。
「くそっ……どうしよう……
 前に襲われた時は無我夢中だったから、どうやって変身したかなど覚えていない。そもそもに自発的に変身できるものなのだろうか。

——「大丈夫、あなたはもう目覚めたのだから。」

 その時、真の脳裏に何者かの声が響いた。それは優しくて、穏やかな女性の声。

——「もう、その力はあなたのものよ。好きな時に使うことができるの……さあ……

 表層意識ではなく、魂の根源的な部分に、何かが流れ込んでくる。いや違う、これは流れ込んでくるのではなく——

——引き出される……!!

 気が付けば、正拳付きの構えの如く左腕を腰に付けたまま後ろへ引き、右手を大きく開いたまま天高くかざしていた。ここからどうすればいいのか、まるで初めから知っていたかのように自然に体が動く。

「へん……………

 大きな円を描くように、時計回りに右腕を回す。元の位置に戻ってきたその瞬間、浮かび上がるように真の腰に一本のベルトが現れる。そのバックルには「D」の刻印が描かれていた。力強く拳を握りしめながら右腕を降ろして腰の高さで後方に引くと同時に、左腕を体の前を交差させるように右斜め上に突き上げる。

「しんッ!!」

 叫ぶと同時に、真上に向かって高くジャンプする。自分でも信じられないほどの驚異的な高さへ跳躍すると、その軌道の頂点で無数の光の粒が真の体を包み込んだ。一瞬後に華麗に着地した真の姿は、先日見せたあの「仮面の舞踏家」のものだった。
「仮面ダンサー……!!」
 思わずその名を口にしてしまった律子は、すかさず右レンズのアナライザーを起動させる。その画面の示す数値はあの時と同じ、常人を遥かに上回る能力だった。
「ソウ コナクテ ハ オモシロク ナイ……ッ!!」
 しかし対するメカシリーズ怪人も、今回は純粋無垢な応援という名の脳内麻薬を投与されているため、怖気づいて逃げ出したりはしない。改造アイドル対アクセサリ怪人という、人の領域を超えた戦いが始まった瞬間だった。
「来いっ!」
「イワレ ナク トモッ!!」
 足の両側に付いている噴出口が火を吹き、猛スピードでメカシリーズ怪人が真に襲い掛かる。常人であれば、この突進技を避けることなどできないだろう。
「そのくらい……見えるさ!!」
 だが、改造アイドルである仮面ダンサーの視界には、ごく単純な突進としか映っていない。軽く地を蹴って側方へその身をかわすと、ほんの一瞬前までいたその空間をメカシリーズ怪人のメカグローブが貫いていた。
「マダマダッ!!」
 さらに繰り出されたストレートパンチを体を海老反りにしてかわすと、バック転の要領で爪先をメカシリーズ怪人の顎に食らわせる。軽くよろめいたメカシリーズ怪人だったが、すぐに体勢を立て直すと、着地の隙で姿勢の悪くなっている真に掴みかかってきた。
「くっ……重たいなこいつ……っ!!」
 振りほどくか投げ飛ばすかしてやりたかったが、重量があるので上手く引き剥がせない。見た目はダンボールとは言え、中身はかなり詰まっているらしい。さすがはメカと言ったところか。むしろ何度もバランスを崩そうと揺さぶりをかけてきており、気を抜けば投げ飛ばされてしまいそうだった。
「ククク……イツ マデ タエラレル カナ?」

「いいですよー! その調子ですメカさーん!!」
 ゾれぅ大佐の呑気な応援の声を聞きながら、律子は内心で焦りを感じていた。数値上は明らかに仮面ダンサーの方が勝っているのに、実際の戦いではメカシリーズ怪人がペースを掴みつつある。恐らく真は、改造アイドルとしての自分の力を使いこなしきれていないのだろう。対するメカシリーズ怪人は、生まれた時から怪人なのだ。自分自身の性能を十二分に発揮できるのである。その「熟練度」の差が、数値では測れない戦況の変化を生み出している。
「フレーフレーがんばれメカさーん!!」
 しかしゾれぅ大佐、隙だらけである。一瞬、この娘を人質に取るという裏技も考えた律子であったが、それではどちらが悪者だかわかったものではない。

——iPは大したことないのになぁ……

 律子のアナライザーには、対象の人間の力の目安を「iP」という値として計測する機能が搭載されている。現在の真、すなわち仮面ダンサーのiPは700なのだが、このゾれぅ大佐のiPは233しかない。律子自身のiPが533だということを考えると、やってやれないことはなさそうではある。

——でも、だいたい幹部って実力隠してるものなのよね……

 そう思うと、やはり手が出しにくい律子であった。とにかく、真がその力の使い方を見出すのを待つしかない。先ほど変身する方法を無意識に見つけたように。
「うわあああっ!!」
 真がついに一瞬の隙をつかれ、投げ飛ばされてしまう。だが、その平衡感覚もまた強化されているため、着地自体は比較的スムーズ、さほどのダメージは受けていないようだった。だが、掴み合いによって握力を相当弱らせているようではあった。こういう些細なダメージの蓄積が、いずれ致命的な事態を引き起こすであろうことは想像に難くない。
……あれ?」
 自らの後方に投げ飛ばした真の方へ向き直るメカシリーズ怪人の動きが、律子の目に妙にぎこちなく映った。そう、それは自分の力を使いこなせていない真の動きと似たような、自身の制御の効かないことを示す動作。
「あいつの体……メカシリーズ……制御不備………………
 考察の材料を脳内の鍋でごった煮し、出来上がったスープに浮かび上がったその答えは。
……わかった!!」

 このままではやられる、それは真自身も強く感じていることだった。しかし抜け道が見出せない。この体の動かし方をマスターしたとして、それだけで倒せるほど怪人というのが甘いものだとも思えないのだ。弱気な思考が膨らむにつれ、どう動けば良いのかわからなくなり体が硬直する。
「真っ!!」
 そんな思考を突き破るように、律子の叫び声が真の耳に飛び込んでくる。メカシリーズ怪人への警戒は続けたまま、真は視線だけを律子の方へ向ける。
「そいつ、足だけ動きがおかしいわ! たぶん馴染んでないのよ!!」
「馴染んでないって……そうか!!」
 メカシリーズはVi系のアクセサリであるが、メカ足だけはDa系のアクセサリとして設計されている。つまりVi能力を主体として作られたルッカーの怪人には、Da系アクセサリは逆に枷となってしまっている。まさにデザインの統一にこだわるあまり生じた、大きな誤算である。
「ただ……それをどう突けば……?」
 弱点はわかった。しかしそのことを突破口として用いるには、手札が足りないのだ。

——「あなただけが使える技……

 変身できずに窮地に陥った真を救ったあの女性の声が、再び語りかけてくる。

——ボクだけが使える技……

 ドクン、と。真の心の奥底に潜む何かが蠢いた。

 本能が渦巻く深層意識の底へ、堕ちる——堕ちていく。

 宵闇の如き光の閉ざされた世界へ、魂が堕ちていく。

 心が——ときめく。

——「もっと高めて……果てなく……

——心の、奥まで。

 その動きは、人の領域を超えた怪人ですら捉えきることは出来なかった。突如、瞳から生気を失ったかに見えた真は、メカシリーズ怪人の周囲をサイドステップで周回し始めたのだ。着地のたびにメカシリーズ怪人は突進を恐れて身構えるが、それもまたフェイントで更なるサイドステップを繰り返す。
「ふえぇぇっ、目が回りますぅ……。」
 見てるだけのはずのゾれぅ大佐が、目の中に渦巻きを浮かべてフラフラしていた。ジャングルジムから落ちないよう、必死でしがみついている。
「何てスピードなの……気流が乱れてきてる……
 律子のアナライザーは、微妙な空気の流れなども計測することができる。真の高速遠心運動によって、メカシリーズ怪人を中心とした円形の空間に、軽い上昇気流が発生し始めていた。もちろん、重量級のメカシリーズ怪人がそう簡単に舞い上がるわけもないのだが。
「クソ……ソノ テイド ノ カクラン ナド!!」
 真の動きに規則性を見出したのか、メカシリーズ怪人は真の回転とは逆に体を捻って向きを合わせる。しかし——
「ナニ……ッ!? ウラウチ ダトッ……!?」
 半テンポ、真の動きがずれた。それでメカシリーズ怪人の姿勢が大きく傾いた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!!」
 その瞬間を見逃さず、真は大きく前方にステップを踏み、一気に間合いを詰め——

「ミッドナイト・エージェントっ!!」

——一足飛びにメカシリーズ怪人のいるその場所を通過していた。そこにいたはずのメカシリーズ怪人は、空高くにその身を跳ね飛ばされ、まさに放物線の頂点に至らんとしていた。
「コ……コレ ガ ブトウオウジ ノ ホンキ ノ チカラ……グオオオオオオ……
 あとは地球の引力が鉄槌を下すだけだった。その大きな重量がそのまま衝撃となり、地面に叩きつけられたメカシリーズ怪人を襲った。二、三度、地面をバウンドした後、倒れたまま動かなくなる。
……はぁっ、はぁっ……!」
 無我夢中だったのだろう、真は肩で息をしながら未だに警戒を解かずに倒れたメカシリーズ怪人を睨み付けている。
「グ……………………………………………………
 ノイズ交じりの機械音声でそれだけを告げた瞬間、黄色い光の輪が幾重にもメカシリーズ怪人の体から放出され、徐々にその姿が薄れて行く。最終的にダンボールやペットボトルで作られていたその体が消えてなくなり、跡にはメカ耳・メカグローブ・メカ足が転がっているのみとなってしまった。
………勝った…………かな……?」
 やっと緊張が解けたのか、膝を地について大きく肩で息をし始める真。
「メカさん……負けちゃった……
 途中まで、いや、恐らく最後までメカシリーズ怪人の勝利を信じて疑っていなかったであろうゾれぅ大佐は、今の状況が信じられないという様子だった。
……うぅ~……カタギは取りますよ~……
 微妙に言葉を間違っているのはおいておくとして、このまま連戦となったら絶対的にピンチである。真の表情に緊張が走る。そんな緊迫した公園のスピーカーから、童謡のチャイムが鳴り響いた。
「あっ、こんな時間!? 弟たちにご飯作ってあげなきゃ!!」
 えらく個人的な事情を口に出すと、慌ててジャングルジムを降り始めるゾれぅ大佐。隙だらけとかそういうレベルではなかったが、やはり手を出すのはしのびない空気になっていた。そのまま走って公園を出て行こうとするが、はっとしたように立ち止まってこちらへ振り返る。

「私たちルッカーのおそろしさはこんなものじゃないんですからねー。」

 事務的な口調で一気に言ったところを見ると、去り際に必ず言うように指示されているとかそういう類の言葉なのだろう。秘密結社と言ってもいろいろ大変なようだ。それだけ言うと、ゾれぅ大佐は今度こそ夕暮れの町に走り去っていってしまった。

 かくして、改造アイドルとしての力を使いこなすことに成功した真。
 彼女を待ち受ける次なる試練は一体何なのか?
 ルッカーとの長く険しい戦いは、まだ序章に過ぎなかった……

第2話 おわり


次回予告

 レッスン施設が次々と襲撃を受ける事件が発生。
 律子の分析を頼りに、真はルッカーの作戦行動阻止を試みる。
 襲い掛かるはルッカー首領の片腕。真はこの強敵を倒すことができるのか。
 そしてついに、ゾれぅ大佐がその正体を……!?

 次回、仮面ダンサー・第3話

 『レッスン場を守れ!』

 踊ろう……仮初めの輪舞曲を……