『外付けの苦味』(東方Project SS)

2012年1月1日
拙作(東方Project)

紫と霊夢をただただいちゃつかせたくて書いたSS……のはずだったのですが、やはりそれだけに終始できませんでした orz
でも今回はだいぶ頑張ってヤマとオチと意味を削っているつもりです(笑)。


東方Project SS
外付けの苦味

 博麗神社は閑古鳥が鳴いているのが標準であるため、巫女は基本的に暇を持て余している。それが知れ渡っているためか、用もないのに訪れる来客は決して少なくない。神社に詣でるのではなく、博麗の巫女——霊夢の住まいとして訪ねてくるわけだ。そういった連中は賽銭を入れることもなければ、神事を依頼してくるわけでもない。言うまでもなく信仰心も持ち合わせてないので、神社としては歓迎する義理などかけらもない相手である。
 それでも霊夢は、来客をさほど積極的にい追い払おうとはしない。理由は単純明快、暇を持て余しているからである。一人で茶をすすっていても別に構わないのだが、酒や肴を持ってくる輩も少なくないので、とりあえず持ち物確認はする。手ぶらなら手ぶらで放置しておけば、芋づる式に次の来客が現れることもあり、たいていは芋づるが伸びに伸びて宴会が始まる。片付けが面倒くさいというデメリットもあるが、無為に茶をすすって一日が終わるよりは退屈しないのだから、贅沢は言えないだろう。

 しかして、本日の来客はと言えば——

「参拝客なんかいないのに、毎度ながら綺麗なものねぇ。」
「掃除する時間はたっぷりあるもの……って、わかって言ってるでしょあんた。」
 そいつは霊夢と同じぐらい暇を持て余しているであろう、怪人と表現して差し支えない胡散臭い存在。装飾過多な西洋装束を身に纏い、曇り空だというのにこれまた装飾過多な日傘を片手に握っている。
「あら、褒めているのよ私は。神社は参拝客ではなく神のためにあるのだもの。汚れ朽ちた神社には何も残らないわ。」
 彼女の言うことは毎度回りくどい。誰が相手でもこのような調子だ。小難しく理屈っぽい話をして、煙たがられるところまで含めて趣味なのだろう。
「もっとも、人望のない巫女のためにあるわけでもないんだけど。」
「その巫女が丹念に掃除してるんだから、居住の権利ぐらいは協賛してほしいわね。」
 この手合いの嫌味はいいかげん聞き飽きている。こいつには何度も言われているし、山の上の神社とはその絡みで一悶着あったし、先日は新参者の尼僧にまでコケにされてしまった。なんとかかんとか維持出来ているのだから、あまりとやかく言わないで欲しいものである。
「まぁいいわ。上がっていい?」
「もう上がってるじゃないの……。」
 空中にできた裂け目から上半身を覗かせているだけとは言え、実質はこの部屋の中に存在しているのだから、その質問は的外れだろう。もっとも、彼女の主観では足元が他所に着いているのだろうから、認識の相違とも言えるが。
「そう邪険にしないでよ。お土産も持ってきたんだから。」
「あら、気が効くじゃない。」
 色の良い反応を肯定の返事ととったか、空間の裂け目が地に向かってスライドし、来客の全身がこの部屋へ現れる。靴を履いていないところを見ると、元々屋内にいたようだ。
「でも、あんたがこんな時間に起きているなんて珍しいじゃない……紫。」

 あらゆる事物の境界を操る力を持つスキマ妖怪、八雲紫。その式神の言によれば、彼女は夜以外は眠っており、さらに冬眠もするらしい。夕刻というにも少し早いこんな時間に現れるなど、かなり例外的な事象と言えよう。
「ちょっと早めに目が覚めちゃってね。そうしたらちょうどおやつの時間だったから。」
 はい、と差し出された包みには、こぶし大の透明な容器が二つ入っていた。中には黄色と焦げ茶色に色付けされた固体がみっしり詰められている。
「これって……プリン、だっけ?」
「そう、プリン。幻想郷じゃまだまだ珍しいわよね。」
 卵やら牛乳やら小麦粉やらその他様々な材料を混ぜたり焼いたりして作るという、南蛮渡来のお菓子だと聞いたことがある。以前に紅魔館で食べた記憶があるが、深い甘みの中に少しの苦味が効いた、なかなかに美味な食物だった。材料の内訳が複雑な上、この国の菓子とはだいぶ違う調理法を必要とするため、人間の里でこれを作れる者はいないはずだ。
「レミリアのところから拝借してきたの?」
「いやね、失敬だわ。外の世界から流れてきたものを持って来たのよ。」
 さながら拾い食いだが、そのような真似をして大丈夫なのか——そんな霊夢の考えは顔に出てしまっていたらしく、紫は苦笑してプリンの容器を差し出してくる。
「大丈夫よ、作られて間もないものだから。ほら、ここ見て?」
「えーと……『製造年月日』?」
「このプリンがその日に作られたってこと。で、こっちの『消費期限』っていうのが、腐って食べられなくなる日にちね。」
「ふーん。外の世界はそんなことまで食べ物に書いてあるのねぇ。」
 幻想郷ではそもそもに、そんな先まで食べ物を食べずに放置したりしない。保存食である燻製や漬物は別として、無駄に余るほど料理を作ったりしないし、豊作で余った農作物だって家畜の餌にしたり肥料にしたりと使いどころには困らない。
 そういえば紅魔館のパーティでは、食べきれないほどの料理が出てくることがあるが、つまり外の世界では西洋式の生活が浸透し始めているのだろうか。少なくとも幻想郷では今後もそれはなさそうだ。生活を変える必要もないのであるし。
「さ、ぬるくなる前に食べちゃいましょう?」
「ああ、冷たい方が美味しいんだっけ……この薄いフタを剥がせばいいの?」
「そうそう、スプーンはこれを使って。」
 容器の中身が空気に触れると、甘い匂いが周囲に漂う。レミリアが「このお菓子は大好きな部類に入る」と、子供のように——生きてきた時間の永さ以外は子供のようなものだが——目を輝かせて言っていたが、なるほど、確かに食欲をそそる香りと言えよう。早速スプーンですくってひとかけらを口に運ぶ。口一杯に広がったのは、蜂蜜に砂糖を加えたかの如き濃厚な甘い味と香りだった。
「うん……美味しいわね。ちょっと甘さが強い気もするけど。」
「あら意外。あなたの味覚に合わせて選んだつもりだったのに。」
「前に食べた苦味混じりのやつの方が好みかも。魔理沙とか子供っぽいから、このぐらいのが好きだと思うけどね。」
「むしろあなたが年のわりに味覚が老けてるのよ。」
 耳が痛い指摘は聞こえなかったフリをし、二口目を取ろうとスプーンをプリンに伸ばす霊夢。しかし——
「ちょっと紫。」
「なぁに?」
「あんた私の一口食べたでしょ。」
「あら、バレちゃった?」
 この女、悪びれもせずさらりと認めるとは。ここまで開き直られると怒る気も起きない。
「一口しか食べてないのに、すくった跡が二つも付いてるんじゃ一目瞭然じゃない。少しは隠す努力をしなさいよ……。」
「自分の若年性の物忘れを疑うかなって思って。」
「んなわけあるか。」
 文句を言ったところで、紫が霊夢のプリンに手を出してくるのを止めるのはなかなか難しい。距離を歪曲させる空間の裂け目——通称「スキマ」。これを自在に用いることで、紫は体の一部、或いは全身を任意の位置に飛ばすことができるのだ。結界でも張れば多少は防げるのだろうが、それこそ労力の無駄である。
……あんたは結構好きなわけね、この味。」
「ええ。たまには甘口もいいかなって。」
「はいはい、じゃあ適当に取っていいわよ……。」
「さすが博麗の巫女様、話がわかる。」
 唐突に大仰な言い回しで褒められてもちっとも嬉しくない。
「まったく、プリンの神隠しなんて聞いたことないわ。」
「神隠しねぇ……
 紫は外の世界の人間を拐ってきては、冬眠に備えて蓄えたりしているらしい。そんな神隠しの常習犯とも言える彼女が、まるで他人事のように神隠しという言葉を呟くというのも、おかしな話である。
「ねぇ霊夢。『外の世界からの神隠し』って最近多い?」
「そういえば減っているかもしれないわね。」

 紫が言っているのは、この神社で「こちら側」に迷い込んできてしまう人間のことだ。博麗神社は幻想郷と外の世界との境目となっており、本来はこちら側に来ることは出来なくなっている。しかしたまに何かの間違いで、うっかり入り込んでしまう人間もいるのだ。また、この神社以外にも境目が発生することはあるらしく、それを知らずに飛び越えて、こっちの世界に迷い込んでしまうものも稀にだがいるようだ。
 結界は中から外へ出るのを防ぐ力もあるため、そういった人間は自力で帰ることはまず出来ない。運良く霊夢が発見したり、里の人間が霊夢に知らせてくれれば、その力で結界を一時的に開いて帰還させることも可能である。結果的にそれも巫女の仕事の一つとなっている。
 
「何でそんなこと聞くのよ?」
 紫の質問の意図が理解できないのだろう、今度は霊夢から質問が返る。紫は霊夢のプリンをさらにすくってから、その回答を口にした。
「外の世界ではね、失踪者はたいして減ってないのよ……面白いわよね?」
「面白い要素なんか何もないじゃない。」
 霊夢のそんな指摘が、面白いと感じる思考に弾みをつけたのだろう、紫は淀みの無い、しかしそれゆえに気味の悪い笑顔を浮かべていた。
「あら、本来なら(かどわ)かしって妖怪がするものよ。でも殆どの妖怪は、百年ちょっと前から外の世界に干渉できなくなった。」
「博麗大結界……常識と非常識の境界だっけ。」
「だいたいそんなところね。珍しくよく勉強してるじゃないの。」
「あんたから耳にタコが出来るほど散々聞かされたもの。」
 幻想郷を「幻」の世界、外の世界を「現実」の世界と線引きすることで、人間たちから存在を否定された妖怪を幻想郷に引き込む仕掛け。外の世界で妖怪の勢力が弱くなるほど、幻想郷では妖怪の力が強くなる。人間が強くなりすぎてはその存在を維持できないとされる幻想郷にとって、これ以上ない有用な構造である。
「つまり、むしろ妖怪が神隠しに遭っているぐらいなのよ。でも人間の神隠し……行方知れずとなる者は後を断たない。だけど結界を間違えて越えてしまう者は減っている。だから少なからず拐かしは存在している。」
「妖怪がさらっているんじゃなきゃ、誰がさらってるっていうのよ。」
「決まってるじゃない。人間よ。」
 背筋が薄ら寒くなった。古来より人が人を拐かすことはあったというが、妖怪による拐かしほどは数がなかったはずだ。そもそもに人による拐かしには、それなりの目的が伴われていたはず。村の庄屋をさらって成り代わるだとか、親の許さぬ縁を結ぶための駆け落ちであるとか、或いは政の争いによる抹殺目的であるとか、倫理の問題はともかくとして、そこには強い意志が存在しているものだろう。
「妖怪と同じ数だけの拐かしがあるということは、妖怪による拐かしと同じ程度の目的で拐かしを行う人間が増えたということ。」
 妖怪が人間をさらう理由。それは言うまでもない、食料とするためだ。心を喰らうか、魂を喰らうか、或いは骨肉を喰らうか、それは妖怪によってまちまちだが、とにかく妖怪は食べるために人間をさらう。人間がもしも食べるため、或いは食べ物やそれを調達する財を得るために拐かしを行うのであれば、もはや妖怪と変わりはない。そう、人間が妖怪になったも同然——
「これが、妖怪を排斥した世界の末路なのかもしれないわね。」
 人間と妖怪にそれぞれの役割があって、お互いがお互いの役目を果たす——それが幻想郷の在り方。妖怪という柱の抜けた外の世界は、人の拐かし一つとっても歪みを見せている。もしも紫が博麗大結界に仕掛けを施さなければ、幻想郷もまた、外の世界と同じ末路を迎えていたのだろうか。
「私が外の世界から妖怪を奪ったわけではないわ。外の世界の住人たちが、妖怪の存在を否定しただけ。幻想を否定したから、幻想が担っていた役割を自らが担わねばならなくなった。そんな力などないのにね。」
 なぜだろう、紫の言葉は内容こそ冷たいが、その声には憐憫——否、自嘲の念が込められているようにも聞こえた。幻想郷の大妖怪である紫が、なぜ外の世界の人間にそんな情を寄せるのかはわからない。だが、外の世界との往来を頻繁に行っている数少ない存在である彼女には、霊夢には思いも及ばぬ情が生まれているのかもしれなかった。
「紫……
 半分ほど食べたところから、プリンは減っていない。紫の話に聞き入るあまり、手が止まってしまっていた。
……そんなことより」
 それまでは暗く、しかし語気の強かった紫の口調が、いつも通りの飄々としたものに戻った。その直後、まるで蛇に飲まれるかのようにスキマが紫の体を頭から腰ほどまで包み込み、霊夢の目前にもう一つのスキマが現れる。
「えっ……?」
 嫌な予感が的中したなどと思う間もなく、スキマから現れた紫にしなだれかかられ、霊夢は背中から畳に倒されてしまった。添い寝するように霊夢のすぐ脇に寝転がった紫は、かなり至近距離で目を細めて見せる。
「霊夢とべたべたしたい。」
 それまでとは打って変わって、どこか甘えたような猫撫で声。
……ばっかじゃないの。」
 唐突な甘い言葉に、実際のところ困惑気味だったのだが、とりあえずは邪険にすることでその場を凌ごうとする霊夢。
「馬鹿で結構よ。霊夢だってつまんない話の口直し、したいでしょ?」
 そう思うのならあんな背筋の冷えるような話はしないで欲しいのだが、会話の流れだと言われてしまえばそれまでだ。精神的に安定性がおびやかされた感はあるので、妙な心細さのようなものはあった。

 正直なところ、いますぐ紫にすがりつきたかった。

 胡散臭い妖怪ではあるが、幸い体温は普通に有している。とにかく、人の——正確には人に見えるモノの——温もりが恋しくなっていた。まして目の前にいるのは他でもない紫である。たとえ体温が低くたって——

——いや、これじゃこいつの思うツボだわ……

……不可よ、不可。だいたい、いつ誰が来るかわからないし。」
「あら、恥ずかしいの?」
 ここまで長寿で厚顔無恥だと、べたべたしているところに来客が現れようが関係ないのだろう。
「人並みの羞恥心と言って欲しいわね。あんたみたいに非常識な妖怪といっしょにされても困るわ。」
 飄々としているとか絶対中立とか言われている霊夢だが、それなりに恥じらう心は持ち合わせているのだ。
「ま、来客の心配はないと思うわよ……ここには誰も来られないもの。」
 紫の笑みの性質が微妙に変わる。どこか底意地の悪い、現状を楽しんでいるような、言うなれば嘲笑に近いもの。
「どういう……え?」
 目を合わせているとペースに巻き込まれそうだと、視線を逸らして初めて気付く。社務所の天井に明らかな違和感がある。
「う、うそ、何これ……?」
 天井だけではない。背をつけている床も、壁も、外の空気も、何もかもが霊夢の知る博麗神社ではない。全体的に朽ちていて、人の住んでいる建物とは思えない有様。いつの間にかお膳もなくなっている。
「さて問題、ここはいったいどこでしょう?」
「まさか……外の博麗神社……
「ご名答。」
 幻想郷と外の世界との境目である博麗神社は、両方の世界に並立している。ただし、外の世界においての博麗神社は幻想郷のそれとは違い、無人のまま何十年も放置された場所である。当然ながら境内も本殿も社務所も朽ち果て、あばら屋と言っても過言ではない有様となっている。
「あんた……また結界いじったわね!?」
 もしもそうだとすれば大問題である。こうしている間にも、博麗神社を経由して外の人間が幻想郷に流れ込んでしまうかもしれない。
「さて、それはどうでしょう。大結界自体は今も機能していると思うけど。」
「え……
 しかしこれは幻覚の類とも違う。視覚に作用する結界を作る術も心得ている霊夢は、実像と幻像の区別はだいたい着く。少なくとも今見ている風景は、現実に存在しているものとしか思えなかった。
「細かいことはいいじゃないの……こっちを向いて?」
 向いたら絶対何かされる。本音を言えば歓迎する心がないでもないのだが、何から何までこいつの思い通りに進むこと自体が面白くない。
「そう言って子供扱いして……
 子供扱いだけじゃない。未熟者扱いで、弟子扱いで、妹分扱いで、結局対等になど見てくれたことがない。自分だって頑張っているのだ。八百年以上存在している亡霊ほどには成熟してないけど、初めて出会ったあの頃よりは、きちんと成長しているのに。
「私だってこのぐらいは……
 お望み通り目を合わせてやる。ただし思い切り睨みつける形で。さすがにこの反応は予測してなかったのか、目を丸くしてみせる紫。
「霊夢?」
 意識を集中し、羞恥や焦燥と言った波打った心の動きを沈める。再び目を閉じると、この結界の持つ特異点がはっきりと見えてきた。あとはそれを修正するだけ。常識と非常識の境目という意味を与えたのは紫だが、博麗大結界そのものを作ったのは博麗の巫女なのだ。修復程度なら霊夢にだって出来る。

……この程度の小細工、何とでもしてやるってのよ!!」

 以前の霊夢ならいざ知らず、今の霊夢は一人前の巫女なのだから。

「あら、これはちょっと驚いたわね……
 周囲が元の整頓された社務所に戻ったのを見て、紫が感嘆の声を上げる。霊夢は何ら特別な儀式を行うこともなく、意志の力だけで結界を張り直していた。紫が行ったのは結界破りではなく、この部屋だけ常識と非常識の境界を反転させただけだったようだが、その後付け事象ごと上書きしてやった。これが修行の成果である。
「どんな……もんよ……
「頑張ったじゃない。ちょっと惚れ直しちゃった。」
 そうやってストレートに賞賛されると、さすがにまんざらでもない気分になる。
「あーあ、これでまた誰か来るようになっちゃったわね。」
 が、紫がわざとらしく溜息をつきながら発したその言葉に、霊夢は我が行動を振り返らされる。紫はいったい何のために結界をいじったのだったか。その恩恵は紫だけでなく——霊夢にも及ぶものではなかったか。
「まぁ、霊夢が自分で張り直しちゃったんだものね。仕方ないか。」
 急に襲ってきた脱力感は、結界の張り直しに精神力を消耗したことだけが原因ではないようだ。意地を張ってつまらない失策をしたものである。
「なんか嬉しくなさそうね?」
……修行なんかしなきゃ良かったわ。」
「あはははっ」
 大声で明るく笑うなど、紫にしては珍しい。度肝を抜かれている霊夢の体を、紫がぐっと引き寄せる。たちまち紫の懐に抱きすくめられる状態になってしまった。
「ちょっと……!」
「大丈夫、人払いの結界も張ってあるから。」
 耳元で囁く声は、タチの悪い悪戯を白状した内容でありながら、何故かどこか優しげだった。ただでも参拝客の少ない神社なのに、人払いの術をしかけるなんて迷惑も良いところなはずなのだけど——
「あら、怒らないのね。」
……馬鹿。」
 頬か、耳か、もしかすると頭のてっぺんまで真っ赤になっているかもしれない。二人きりが約束された場所で、このような至近距離。怒れと言われても無理がある。
……よく頑張ってるからね。ご褒美。」
 肩越しに背へと回された手に従うように、霊夢はその身を紫に密着させる。そのぬくもりは人間のそれと変わらない、むしろ紫の体温だと思うと、心が安らいでいく。
……やば……眠くなってきた……
「あらあら、張り切りすぎたんじゃない?」
「うー……だめだ……
 せっかくのとっておきの時間なのに、眠ってしまってはちょっと勿体ない気もした。しかし精神力を消耗した霊夢の体は、紫の温かさに包まれて、徐々に休眠状態へ近づいていく。

……このまま寝てもいい……?」
「ええ、ずっと一緒にいてあげるわ。」

 その言葉が意味するところを正確に把握できぬまま、霊夢の意識は微睡みの中に落ちていく。まるで遠くで発せられる風鳴りのような不思議な距離感で、紫の優しい声が聞こえてきた。

「心配しないで……あなたが頑張れば、幻想郷は大丈夫だから……

 きっと夢なのだろうと思いつつ、霊夢は沈むような感覚のままに意識を閉ざしていく。さらに遠いところから、紫の言葉がまた聞こえた。

……私が一緒に守ってあげる……ずっと……ずっと……