『いつかやって来る「いつか」』(東方Project SS)

2012年1月1日
拙作(東方Project)

東方Projectのアリス→魔理沙SSです。
微妙にパチュリー→魔理沙だったりも。
よく使われるテーマですが、それゆえに書き甲斐がありました。


東方Project SS
いつかやって来る「いつか」

-1-

 一般的に「招かれざる客」という表現は、歓迎したくない客を指すときに使うと言う。いつもいつも突然押しかけてくるあの黒いのなどが良い例だろう。ただし、歓迎はしていないが半ば習慣のようにもなっているので、「意外な客」では無くなりつつある。
 しかし、だ。あまりにも意外な客が突然現れた場合、これをどう呼べば良いのだろうか。もちろんあまり歓迎は出来ない相手なので、これもまた「招かれざる客」ではあるのだが——
「珍しいにも……ほどがあるわね。」
「あなたの読書の邪魔はしないわ。」
 その珍客は、誰かさんから予備情報を得ていたのだろう、こちらが最も望むことを最初に約束してきた。
「ただ……きっとここなら見つかると思ったのよ。」

 湖畔の洋館「紅魔館」の地下に存在する、巨大な魔法図書館。その主であるパチュリー・ノーレッジは、いつも通りの気ままな読書の時間を過ごしていた。今日は親友である屋敷の主もメイド長を伴って出かけており、急な邪魔は入らないはずだった。せいぜいあの唐突極まりない黒いのが忍び込んでくるぐらいだろうとタカをくくっていたのだ。
 しかし、とある一冊の魔法書を偶然見つけたあたりから、嫌な予感がし始めた。それはタイトルから自分の専門外だとすぐにわかったので、開いて中身を確認しようとは全く思わなかったのだが、知人に一人、あまりにも関わりの深い人物が思い当たってしまった。
 この本が発見されたというのは、これを必要とするその人物の手に渡る可能性が生じたことを意味する。可能性が生じたということは、未来に起こる事象がある程度決定されたことと同義だ。

 世界はだいたい予定調和で出来上がっている。
 特にこの幻想郷は。

 つまりこの「意外」で「招かれざる客」は、「現れるべくして現れた客」でもあったということだ。とは言いつつも、珍しい事物には驚愕を覚えるのが人情というものである。(魔女であるパチュリーが「人」情というのも変な話だが。)

 客は宣言通りこちらには何も干渉せぬまま、手近な本棚に視線を巡らせていた。肩にかかるほどの長さの緩く波打った美しい金髪が、その歩調に合わせて微かに揺れている。その静的な立ち居振る舞いは、盗人猛々しく豪快に物色していくあの黒いのとはあまりに対象的だ。
 しかし、この図書館の蔵書量はあまりに膨大だというのに、自力でたった1冊の本を探し出そうというのか。
「ここなら見つかる……つまり、ここにしか存在しないということかしら?」
 幻想郷中を探したとて、魔法書の蔵書量でこの図書館を超える施設は存在しないだろう。ただでも尋常ではない冊数の書物が眠っている上に、パチュリー自身が書き上げた新たな魔法書も大量に納められている。もっともこの客にとってパチュリーの魔法は専門外だろうから、そちらには用がないのだろうが。
……ええ、その通りでしょうね。これだけ大掛かりだと……
 大掛かり、というキーワード。やはり目的は「これ」か。

——正直なところ、参ったわね……

 この娘、ここまで思い詰めるタイプだっただろうか。やはりあれと深く関わっていると、精神面から消耗していってしまうのか。いつ終わるともわからない探し物だというのに、彼女の表情はどこまでも真剣だ。
 魔法使いの寿命は人のそれと比べれば無限に等しい。例え数年、数十年かかってでも、見つけることが出来るなら大した時間的浪費とはみなされない。自分が100年近くこの図書館での読書生活を続けているように。

 ただ、彼女の目的はそれを許さない。
 時間をかけすぎれば、探し物自体に意味が無くなってしまう。

 普段のパチュリーだったら、そんな事情など意に介すことはない。まして相手は自分と同質の存在、余計な干渉はお互いのためにならないのだ。

 それでも——パチュリーの心は、何故か気まぐれを起こしてしまった。

……『ヒトガタとミタマ』ね?」
「えっ!?」
 まさかその名を他人の口から聞くとは思いもしなかったのだろう、驚愕を全く隠さぬ大きな叫び声を上げながら、こちらに大げさに振り返ってきた。
「恐らくは幻想郷の外で書かれた本……ここでこれを書けそうなのは、冥界か境界の連中ぐらいだわ。」
 実際のところ「彼女ら」には周知の概念だろうから、わざわざ書物にまとめたりもしないのだろうが。
「それ……が?」
 今の今までおとなしくしていた客人は、パチュリーがその書物を差し出すや否や、今にも飛びつきそうなほどに殺気を放ち始めた。まったくもってわかりやすい。こういうところはあの黒いのとよく似ている。
「面倒は御免だわ……今さら隠したりはしないから、少し落ち着きなさい。」
「あっ……
 平静を失っているという自覚がなかったのか、パチュリーのその一言に過剰な反応を示す客人。その気配が静的なものに戻ったのを確認して、パチュリーは言葉を続ける。
「とりあえず……1つだけ聞かせて、七色。」

 この客人の名はアリス・マーガトロイド。「七色の人形使い」と呼ばれる魔法使い。

 まだ魔法使いになって日は浅いが、その優れた才能は幻想郷中の噂になっている。有名なのは人形使いとしての姿だが、本当は基本的にどんな魔法だって使いこなすことが出来るという。彼女はあまりそれを語らないから、そのことがわかるのはパチュリーのような彼女と同種の存在か、この館の主やそれに匹敵する化物たちぐらいであろう。あの黒いのも、アリスの真の実力にはきっと気付いていない。
……答えられるなら。」
「これが、あなたの出した結論なのね?」
 返答は、聞くまでもない。目的の書物が何であるかを、アリスは決して語ろうとしなかった。それは当然、パチュリーに最終的な望みを知られたくなかったからだ。恐らく彼女は、パチュリーが秘めた気持ちに気付いている。だから全てを語ってしまえば、きっと止められると思ったのだろう。
……私には……
 不要と判断したのだろう、アリスは肯定や否定の言葉は口にしなかった。
……あいつしか、いないの。」
 表情は無くて、だけど声だけが泣いている。涙を見せないようにしているのは、意志の固さの表れなのか。
「七曜……あなたとは、違うの。」
 その二つ名で呼びかけてくるのは、魔女としてのパチュリーに語りかけているのだということか。ならば知人としてではなく、同じ種族の者としての言葉で答えねばならない。
「それは貴女の弱さ……私ならそんな選択はしない。」
 それだけアリスが魔法使いとして若いのだということ。
「魔女は、遺されていくのよ。」

 永き寿命を持つ者は、人の持つ「時」を捨てたモノ。
 遺されるのは、宿命なのだ。

……確かにあなたの言う通り。私は弱いんでしょうね……でも。」
 アリスの小脇に抱えられていた人形が、音も無く宙に浮かび上がる。ひとりでに動いたかのように見えたが、どうやらアリスの魔法によって操られているようだ。
「弱くたって、止まってはいられないのよ……!」
 人形を中心に魔力の奔流が発生しているところを見ると、弾幕でも仕掛けようしているのかもしれない。賛同が得られぬなら力ずくでも奪うということか。
「だから面倒は御免だと言っているでしょう……
 思い詰めてる奴を相手に少し話を引っ張りすぎた、などと反省しても後の祭り。こういう時はショック療法に限る——

「ほら。」

 パチュリーは相手のお目当てのニンジンを、勢い良く投げてよこした。貴重な書物なので少しためらいもあったが、緊急事態なのでやむをえない。もっとも非力なパチュリーの「勢い良く」など、傍から見れば緩い放物線を描いて飛んでいる程度であり、書物に深刻なダメージが出ることはないだろうが。
「えっ……あ、あっ」
 とは言え、不意打ち気味だったせいもあって、アリスは取り損ねる寸前でかろうじて懐に抱え込んだという風だった。よほど慌てたのか、一度深呼吸をしてからパチュリーの方に視線を戻してくる。戦闘態勢に入りかけていた人形は、いつの間にかアリスの小脇に戻っていた。
「どうして……?」
 否定=拒否と早合点していたのだろう、アリスはパチュリーのとった突拍子もない行動に目を白黒させている。
「確かに『私なら』の意見は言ったけど……別にあなたの行動を阻害するつもりはないわ。」
 意見を求められたので答えたまでだ。言葉以上の意味はなかった。
「でも……これを使ったら……
「魔法使いが己の欲望のために魔法を使うのは当然のこと。」
 善悪の概念などそこには存在しない。自らの力を自らの目的のために行使する、それが魔法使いという種族の性なのだから。
「あなたの結論は私の結論と利害が対立しないの。だから、好きなようにするといいわ。」
……そう。」
 何故なのか少し不満そうな表情を浮かべたアリスだったが、それ以上は何も言わずに踵を返し、背を向けたまま片手を上げてみせる。
「いちおうお礼を言っておくわ……それじゃ。」
 まともにこちらを見られなくなった、それは迷いが残っているということか。

 何故だろう、またお節介の虫が騒いでいる。

「アリス。」
 去ろうとするアリスの背に、パチュリーの呼び止める声がぶつかった。魔法使いとしての二つ名ではなく、一人の知人を引き止める言葉。一般的には大した音量でもないのだろうが、パチュリーとしては精一杯の大声だった。アリスは返事をしなかったが、聞く意志はあるようで、歩みは完全に止めていた。
「自身のために魔法を行使した結果は、全て自身に跳ね返ってくる……覚えておくといいわ。」
 それは、魔法使いの業。説話に登場する魔女が悪事の果てに身を滅ぼすのは、自らの力によって苦しめた者からの報復に因る。欲望を満たすための力の行使は、それだけの余波と反動を覚悟しなければ出来ないこと。その覚悟が足りなければ、耐える力が及ばなければ、自ら蒔いた因による滅という果を受けるだろう。
「引き止めて悪かったわね……さよなら。」
 こんな話をして、アリスにどうして欲しかったのか。自分でもよくわからない。

 今度こそ本当に去っていくアリスの後ろ姿を見送っていたら、ふいにあの黒いのの勝気で呑気な笑顔が脳裏に浮かんだ。

——まったく、本当に罪深いのはあいつだわ。

 久々に外出の支度をする必要がありそうだ。お節介の虫は、まだまだ解放してはくれないようだった。

-2-

 あいつが気軽に訪ねてくるようになってから、どれぐらい経ったのだろう。

 あの長い長い冬、初めてあいつと戦った。人間相手に本気を出すのも大人げないから多少の手加減はしたが、想像を遥かに上回る力をあいつは持っていた。おかげでせっかく集めた春を譲り渡すハメになってしまった。

 満月を取り戻すために作り出した明けない夜。未知の世界の住人たちに対して、あいつは怯むことなく立ち回り、最後には全てを丸く治めてしまった。

 あいつは天才肌だ。他者の使う魔法を見様見真似で再現してみせる。それでいて修練も欠かさないから、オリジナルを上回ることも少なくない。

 どうして、未だに人間のままでいるのだろう。
 捨食や捨虫の魔法を会得する程度、あいつにとっては造作も無いことだろうに。

 一体いつから、こんなことを考えるようになったのか。元々は変な人間程度にしか思ってなかったはずなのに。共に過ごす時間が多くなるに連れて、あいつのことを考える時間が増えていった。それでも、あいつは人間で自分は魔法使い、それは当たり前の事実でしかなかったのに。

 いつの間にか、あいつが人間であることに、不安を持つようになっていた——

「アリスいるか? って、いないことも殆どないしな、だからいるな、うん、やっぱりいた。」
 一方的な理屈を並べ立てる呑気な声で、アリスの思考は一気に現実に引き戻された。ぶしつけに家に飛び込んでくるような失礼な奴は、知り合いの中には一人しかいない。
「せめてノックぐらいしなさいよ。」
「おいおい、珍しくノックしたんだぜ? それで返事がなかったら、後は扉を開けるしか選択肢がないだろう?」
「あ……そうだったの。」
 自ら「珍しく」とか言っては世話がないとか、選択肢は他にもあるだろうとか、言いたいことは沢山あったわけだが、それ以前に返事を怠った自分に非があるだろう。アリスはそれ以上の追及をしなかった。さすがに謝罪の言葉まで述べてやろうとは思わなかったが。
「それで何の用よ? 変なキノコ料理はしばらくパスだからね。」
「変なとは失礼だな。効力重視なんだから味は二の次でいいんだよ。」
「効力重視なら薬品にしなさいよ。料理の形を取るなら味が二の次じゃ仕方ないじゃない。」
「甘いな、それじゃサプライズが足りない。」
「サプライズは効果の中身で勝負しなさい。」
 傍から聞けば全く実の無い会話だが、もちろん会話している当人たちとしても実のない会話である。とは言えこんなのは挨拶のようなものなので、特に時間を無駄にしている感覚もない。
「ああもう、話が逸れたじゃないか。今日は料理でも薬品でも無くて本だよ。」
 その台詞はちょっとおかしい。「今日」は日にちを示す言葉であって、決して書物のことではないのだから。
「本?」
 という揚げ足取りが頭に浮かんだが、それは口に出さないでおいた。また大幅に話が脱線してしまう。
「このまえ借りた魔法書あっただろ? あれ、続きがあるらしいんだよ。」
「ああ、そういえば上下巻構成だったかもね。」
 こいつは面白そうだと思えば何でも手を出すところがある。新種のキノコも新しい魔法も幻想郷の危機も、こいつにとっては同列の「面白そうなこと」なのだ。
「あんたも一度ハマると徹底的にのめり込むわね……魔理沙。」

 霧雨魔理沙、この魔法の森に住むアリスの「同業者」。
 魔法を使うことは出来るが、れっきとした人間である。
 ゆえに「同族」ではなく「同業者」と呼ぶのが正しいだろう。

「そっちの下巻があれば、もしかするとすごい裏技が出来るかもしれないんだ。」
 ちなみに貸した本の内容は、使い魔を操る術についての初歩から応用まで。人外の者にとって使い魔を使役するのはさほど難しいことでもないのだが、種族的な相性なのか人間には困難なことらしい。魔理沙もいちおう魔力弾を打ち出す飛行球体を形成することぐらいは出来るが、自分の周囲に常駐させて射撃の補助に使う程度が限界だった。
 しかし今回貸した本のおかげで、ある程度の柔軟な操作が出来るようになったそうだ。付かず離れずの距離で魔理沙に追随させ、あまり離れすぎなければ布陣の真似事も出来るとか。4つも出すとさすがに限界と笑っていたが、人間の身で4つも操れるなら十分と言えるだろう。
「というわけで下巻を借りていくぜ。」
 魔理沙はアリスの返事を待つことなく、問答無用でずかずかと部屋の奥の方へ踏み入っていく。なるほど、紅魔館の図書館でもこんな感じなわけか。
「上巻読み終わったんなら先に返してよ。あれ、ただの理論書でしょ?」
 魔法に関する書物の中には、ただの本ではないものも存在する。それ自体が魔力を帯びていることがあるのだ。極端なものになると、魔法を使うために魔導書そのものが必要になることすらある。だから貸した魔導書に関して、読み終わったらすぐ返せというのが必ずしも正論とは限らないのだ。
 ただし今回の件はそれには当てはまらないので、アリスの主張は間違ってはいない。魔理沙は行動も言動も支離滅裂だが決して頭は悪くないので、一度読んだ内容は間違いなく習得しているはずなのだ。
「ん~……何というか、あれだ、忘れてきた。」
 変な間があった上に目が泳いでるところを見ると、初めから持ってくる気はなかったようだ。すなわち返す気があまり無いらしい。
「あんたねぇ、この前もそう言って借りていった人形用の糸、結局返さなかったじゃない。」
 ストックはいくらでもあるから少しぐらい問題はないが、ここは少し強く言っておいた方が良いのかも——
「うーむ、まぁ、そう怒るなって。」
——そんなことを考えたのが、失敗だった。このまま魔理沙が言葉を続ければ、せっかく保っていた平静をまた失うことになってしまう。
「最悪の場合さ、」
 地雷を踏んでしまった。自分にとっての、最も触れてはならぬ、思い出してはならぬ「事実」。
「回収しに来ればいいだろう? いつか私が——」

 やめて、お願い、それ以上言わないで。

——死んだ後に。」

 見た目には、平然と聞いていたのだと思う。しかし内心では、世界が闇に沈んだかのような錯覚を覚えていた。

 魔理沙は人間だから、その寿命は無限ではない。
 タイムリミットが存在し、いつかはそれを迎える。

 つまり——

「どうせ私はお前ほど長く生きられないんだし、少しぐらいは大目に見て欲しいぜ。」
 まるで何気ない日常の会話のように、魔理沙はそういうことを軽々と口にする。否、彼女にとってこれは「日常の会話」そのものなのだ。通常の人間にとって、生命が短いタイムリミットを持つのは当然のこと。あちらからすれば、無限の寿命を持つ存在の方が異端——そういうことなのだろう。

 あの大図書館にはとてもかなわないが、アリスの蔵書量も決して少なくはない。魔理沙は本棚の物色に専念し始めたようで、それ以上は口を開かなかった。そんな姿を遠目に眺めながら、アリスの記憶は逆行を始める。

 いつからだろう、ずっと悩まされ続けている一つの「記憶」。
 だがそれは偽りの記憶であって、作られた「記録」なのだ。
 「思い出すこと」で脳裏に蘇る事象だが、それが「記憶」であることはありえない。
 それでも、その「記憶」がアリスの精神を緩やかに蝕んでいた。

 思えば、くだらないことを考えたものだ。
 どうしてそんな結論に至ったのか。
 あの「記憶」が生じて間もない頃は、心が壊れかけていた。
 まさに藁にもすがる思いだったのだ。

 何か、何か方法はないのか、と。

 そして完成した新たな魔法は、机上の空論でしかないはずだった。
 しかし一つの魔導書が、それを可能にしてしまった。

 全ての準備は整ったのだ。

 七曜の名を持つ図書館の主は言った。
 魔法使いが己の欲望のために魔法を使うのは当然のこと、と。

 だったら——

……………………おーい、聞いてるか?」
「えっ?」
 魔理沙の声で我に返る。少し没入しすぎたか。
「えっ?じゃないっての。」
「ああ……なに、見つかったの?」
「やっぱり聞いてないか。」
 既に用件を告げられていたらしい。どうも今日は意識を飛ばしがちだ。
「お前の本棚は本の種類が多すぎる。どこに何があるのかさっぱり見当が付かないぞ。」
 そんな苦情を言われても困る。人形の扱いには多岐に渡る知識が必要だから、どうしても蔵書量が増えていってしまうのだ。
「だから、夜通し探していくことにした。」
……は?」
「ああ、お構いなく勝手に寝てくれて構わないぜ。私も勝手に探して勝手に見つけて勝手に帰るからな。」
 それ以前にその主張が勝手だろう。とは言え、こういうことを言い出したら聞かないのが魔理沙という人間だ。
「もういいわ……勝手にしてちょうだい。」
「おう、勝手にするぞ。」

 まったく、人の気も知らずに呑気なものだ。こちらとしては、なるべく一緒にいる時間を減らしたかったというのに。あまり一緒にいたら——

——魔が、差しかねない。

 この選択肢は、回避せねばならない。
 この魔法は、使ってはいけない。
 なのに、なのにどうして——

——そんなに無防備でいられるの?

 本を探しているうちに疲れてしまったのか、魔理沙は本棚の前で大の字に倒れていた。帽子も取らぬまま仰向けになって、決して静かとは言えない寝息を立てている。夜更かし癖があるらしいから、寝不足なのかもしれない。
 思えば初めてこの家を訪ねてきたときから、魔理沙には警戒心というものが欠片もなかった。ひどい時にはアリスの寝床を占領して、半日以上の睡眠時間を費やしていくことすらあった。それだけ、アリスに対して危険を感じていないのだろう。

 それは、間違いだ。
 アリスは人であることを放棄した魔法使いなのだから。

 いつも携えている人形ではない「新しい人形」を小脇に抱え、アリスは眠る魔理沙を見下ろしていた。
……もっと、恐れるべきだったのよ。」
 それは魔理沙に言っているのか、それとも——

——どちらにしても、馬鹿な話。

 まるで寄り添わせるように「新しい人形」を魔理沙の隣りに寝かせると、アリスは逆の手に持っていた書物を開く。その表題は『ヒトダマとミタマ』——紅魔館の地下に眠っていた、幻想郷の外で書かれた特殊な魔導書。
 開かれた書物はアリスの手を放れて宙に留まり、濃緑に藍色を垂らした如き暗い色の霧が漏れ出す。

 それはあまりにも禍々しき瘴気。この魔法を成立させるために不可欠な要素。

“Sn Mtm w Wg Htgt n Eig n Tdmtme.”

 常人には聞き取れぬ特殊な言語で短い呪文を詠唱すると、懐から鈍色に光る細長い物体を取り出し握りしめる。
 それは刃に複雑な紋様が描かれた、刀身のやや長い短剣。

 さあ、選ぼう。
 刹那に心交わるか、永遠に黙して寄り添うか。

——これが、私の結論……!!

 呼吸に合わせ上下する魔理沙の胸の中心へ、その手の刃を振り下ろす。

 これで、魔法は完成——。

-3-

 まるで、世界が呼吸を止めたようだった。

 魔理沙の体に触れる直前で、アリスの振り下ろした短剣が静止している。そのまま身動きを取ることもなく、表情を変えることもなく、時間だけが過ぎていく。そう、確かに時間は動いているのだ。
……どうして……
 どれだけの時間が経ったのだろう。止まっていると錯覚していたから、実際に過ぎた時間はわからない。おもむろにアリスが口を開くと、あらゆる事象が息を吹き返した。
……どうしてなの……
 何に対して何故と問うのか。それは刃を止めた自らに対しての自問ではない。そう——

「何で抵抗しないのよっ!?」

——魔理沙のあまりに不可解な行動。振り下ろされる凶刃を、あえてその身に受ける必要などないのに。

「お前に、その気がないからさ。」

 狸寝入りをやめ、薄目を明けてこちらを見上げてくる魔理沙。全てを見透かすような真っ直ぐな視線に、アリスは意識を吸い込まれそうになる。
「馬鹿じゃないの……!? そんなこと、何でわかるのよ!!」
 殺人未遂を働いた側が罵詈雑言を吐くのはおかしいかもしれないが、一見して根拠の無い決め付けをされたのでは、抗議の念を抱くなというのも無理な話だ。
「何で……うん、何でだろうな?」
「はぁ……?」
 一見どころか完全に根拠が無いらしい。
「あんたね、その『何でだろうな』で死んでたかもしれないのよ?」
 殺そうとした本人の身で何だが、信じられない思考回路だ。
「ん~……大丈夫だろ。」
 しかし魔理沙の思考回路の深淵は、アリスの「信じられない」が想定する領域を遥かに凌ぐものだった。

「アリスは、そんなことしないからな。」

 そう言いながら、自信に満ちた笑顔を見せる魔理沙。これにはさすがに何も文句を付けることが出来なかった。

 可愛らしいドレスを着せられたフランス人形が、自分の体よりも大きい瓶を抱え、シャンパンをグラスに注いでいる。まるで健気に働く小妖精のようだが、実際にはアリスが魔法で操っているに過ぎない。彼女の人形たちは、自らの意志で動くことはない。
「まったく……あんたがこんな時間に寝てるなんて、おかしいとは思ったのよ。」
 客を差し置いてグラスに満たしたシャンパンをあおりながら、アリスは愚痴っぽく呟いた。どちらかと言えば、大して考えもせずに浅はかな行動を取った自分に対する愚痴だが。
「いや、思ってないだろ? 実際にあんなことしたんだし。」
「う……
 勢いだったとは言え図星なので、またも反撃不能。アリスが口ごもっている間にシャンパンを一口喉に通すと、魔理沙は少しだけ身を乗り出してくる。

……どうして、あんなことをしたんだ?」

 直前までの軽い雰囲気をいきなり打ち消し、魔理沙はそんなことを口にする。悪い結果を想定してはいなかったとは言え、あれだけの目に合ったのだ。その疑問は当然だろう。
 本当は話したくない。でも、お酒のせいにして打ち明けてしまうのも一興か。
「夢をね、見たのよ。」
「夢?」
 本来、魔法使いは睡眠を取る必要がないので、大多数の魔法使いの口からは決して発せられない単語である。
「くだらない夢。私がね……いつも通りこの家で、人形を操って暇を潰しているの。」
「ある意味、リアリティがあるな。」
 まさに魔理沙の言う通りだ。あまりにも現実味を帯びた夢だった。
「こうやって、テーブルの上を舞台に踊らせて。」
 フランス人形、和蘭人形、京人形、様々な人形たちが卓上で踊り始める。全てアリスが操っているはずなのに、まるで生きて動いているかのようだ。
「いつも通りのことを夢の中でもしてたのか。」
「ええ、してることはね。だけど……
 脳裏に蘇る光景。呼応するように、あの感情も蘇ってくる。
「人形は……この子たちじゃない。」
 続く言葉は一度抑えて、アリスはじっと魔理沙を見つめた。自分がどのような顔をしているのかはわからなかったが、はっとしたような魔理沙の仕草から、感づいてくれたと判断する。
……そう。あんたとか、霊夢とか、私が知ってる人たちの人形。」
 彼女たちを模った小さな人形の一団。それが自分の手によって、まるで本人たちのような仕草で動いている。

 彼女たちが

 生きていた頃のように。

 それはずっとずっと先のこと。
 いつかやって来る未来のこと。
 でも夢であっても経験してしまえば、それはもう——

「夢の中の私は、寂しさとか、悲しさとか、そんなものはもう忘れてしまっていた。」
 ただ、踊る小さな友人たちを見て、懐かしそうに微笑んで。もういなくなってしまった彼女たちが、アリスの隣りで見守っているような、そんな錯覚さえ覚えながら。
「目が覚めて怖くなったのよ……取り遺されることが。当たり前のことなのに、それが実感として襲ってきたら、感情が制御できなくなった。」
 皆が老いず死なぬ存在になることまでは望まない。でも、せめて一番大切な人だけは、残すことが出来ないのかと。幾日にも渡って、アリスは悩みに悩みぬいた。それを可能にする理論は。その方法は。その儀式は。そして——その対象は。
「いや……何故か初めに浮かんだのが……あんただったのよね。」
「クジ運が強くて嬉しいぜ……って、この場合ロシアンルーレットだから運が悪いのか。」
……知らないわよ。」
 強くツッコんで墓穴を掘っても間抜けなので、曖昧な返答でごまかしておく。

 実は最初から魔理沙以外眼中に無かったなどとは、口が裂けても言えない。
 というか、言ってやりたくない。

「なるほど、それでパチュリーんところに押しかけたわけか。」
「ちょっと、何であんたがそれ知ってるのよ。」
 あの日は魔理沙が霊夢とどこかに出かけているのを確認してから紅魔館へ行ったのだ。目撃されているはずがない。
「昨日、紅魔館の門番が教えてくれたぜ。ちょっと前に人形使いに叩きのめされたって。」
……あのヘボ門番め……もっと強く頭を殴っておくべきだったわね……
「あの図書館ならどんな魔道書でも揃ってそうだもんなぁ。」
 まさに魔理沙の言うとおり、捜し求めていた『ヒトガタとミタマ』は紅魔館地下の大図書館で見つかった。

 その内容は、人を模した触媒に人の魂を束縛する術。
 現世より引き剥がしたミタマをヒトガタに封じ、輪廻へも還らせぬ恐るべき外法。
 封じられたミタマは物言わぬ人形に束縛され、現世と常世の狭間に留まるだけの存在となる。

 人形を「人の形」と結びつける強い言霊の力を拠り所としており、この東方の国においてしか成立を見なかったであろう秘術である。

 もっともその術の力を封じた書があれば、あとは相応の魔力があれば事足りるのだ。魔法使いの魔法は常に術者オリジナル。効果は同じでも細かい点は自らの使いやすい形に置き換えられるため、準備さえ万端なら異国の者であろうと関係ない。まして、アリスは自律人形の研究をしているので、人の魂については並の魔法使いより遥かに造詣が深い。決行すれば、成功は確実だった。

 もちろん、冥界や彼岸の者に目を付けられる恐れはあったが。

「じゃあ何でやらなかったんだ?」
「気が変わったのよ。」
「それだけで?」
「それだけよ。」
 嘘は半分。気が変わったのには間違いないが、変わった後の「気」の内容は伏せている。

 何と言うことはない、あべこべに考えたら簡単な結論が出たのだ。
 必要最低限の不利益で済む程度の選択肢。

 魔理沙に嫌われる、それだけで良かった。

 命を奪うフリをして、魔理沙に抵抗されて、コテンパンにのされて、危険な奴だと認識させる。それでおしまい、今までの関係はすっぱり御破算だ。
……なのに……あんなこと言って……
「ん?」
「何でもないわよ!!」
 少し飲むペースが速すぎるのか、だんだんテンションのムラが激しくなってきた。あまり考えずに言葉を吐き出すのは良くない気もするのだが。
……魔理沙、さっきのさ。」
「さっきのって?」
「私がそんなことしないって、どうしてそう思うの?」
 この質問は予期していなかったのか、魔理沙は視線を逸らしながら頭など掻いている。明らかにばつが悪そうだ。まるで照れくさくて言いにくいとでも言いたげである。
「言っちゃっていいのかなぁ……まぁいいか。」
 もったいぶられると過度の期待を抱いてしまうものだ。アリスはプロポーズでも待つような心境で、続く魔理沙の言葉を待っていた。

 それがまずかった、明らかに。

「アリスって意外とチキンだろ?」
 そう語った魔理沙の勝ち誇ったような顔がまた憎らしくて。
「冷静沈着に見せかけて結構テンパるとき多いし。」
 自分のことは棚に上げてよくまぁいけしゃあしゃあと。
「だから、いざってなってもきっと何も出来ないだろうな~なんて」
「操符『乙女文楽』!!」
 宣言するのが幻想郷でのルールらしいから、とりあえず叫んでおいた。操り糸代わりの光線を魔理沙目掛けて放ったのとほぼ同時だったが、細かいことは気にしない。
「おいこら何すんだよ! いきなり危ないだろ!!」
 魔理沙が反射的に避けたせいで空振りした光線が窓ガラスを粉砕したようだが、それもとりあえず黙殺。後で人形を使って修復作業でもすれば良いだけの話だ。
「うるさいっ! やっぱりこの場で完膚なきまでに叩きのめしてやるわ!!」
「家の中でやるな、避けられないぞ!!」
「ならオモテ出なさいよ! 今日こそ泣いても許してやらないからっ!!」
 こちらとしても家具類を片っ端から破壊するのは本意ではない。ただしこの馬鹿には徹底的に思い知らせてやる。人の乙女心を弄んだ罪は、万の弾幕に値すると。
……まぁいいや、酒の肴にちょっと遊んでやるよ!」
 そう来なくては面白くない。そういう傍若無人で天真爛漫なところが迷惑であり、そして——

 よもや窓際に仕掛けたモノを糸で破壊するとは。ただの人形マニアではないということか。
「金と水を調整して見えにくくしておいたのだけど……。」
 あの書物を貸した数日後、アリス・マーガトロイドの家の窓ガラスにこっそり付けた遠見用の魔法レンズ。瘴気の発生に合わせて作動するようにしておいたのだが、見られたのは古代の禁呪ではなく感動の名場面集だった。
「まぁ、出歯亀も大概にしておけってことかしらね。」
 紅魔館地下の大図書館の一角。パチュリーは何も映さなくなった水晶玉から目を放し、忠実な部下の姿を探して視線を彷徨わせた。
「お呼びですか、パチュリー様。」
 いつの間にか背後に司書の小悪魔が立っていた。正確には、浮いていた。まだはっきりと呼んでいないのだが、用事があると感じ取って現れてくれたらしい。相変わらず優秀なことだ。
「あの本、用意して。」
「はい、こちらに。」
「あら、準備がいいわね。」
「遠見の魔法を使われていましたから。」
 確かに最近は遠見はあいつを見ることにしか使っていない。なるほど、それではこの準備の良さにも納得だ。
「文章にまとめると簡単なのよね……
 前回書いたページを開くと、その次のページに魔力で文字を念写していく。インクなどの分離する物体に頼るよりは、こうやって紙の存在位相自体を操作してしまった方が保存が効いて良い。つまり、初めからこういう模様だったということにしてしまうのだ。
「まったく、人間の生涯って文字数が全然足りてないわ。」
 かなり薄いものを用意したつもりなのだが、それでもこのペースだと後半は白紙になりそうだ。
「パチュリー様は……
 作業のキリの良いところをきちんと見計らって、小悪魔がおもむろに声をかけてくる。
「なにかしら?」
「本当にそれで、よろしいのですか?」
 何度かこれと同じ趣旨の質問を受けた記憶がある。しかしこれだけはっきりと聞いてきたのは初めてだろうか。やはりアリスを援助するような行為をしたのがひっかかっているらしい。
「私は、あの子みたいに動的には出来てないの。」
 アリスは取り残されることを恐れた。あいつと離れ離れになるのを恐れた。だから、抗うフリだけでもしてみたのだろう。自分の気持ちに、少しでも整理を付けるために。
「魔女は遺されていくもの。だから、私はあいつが生きた証を残せるし……伝えていくことが出来る。」
 それが、自分の出した結論。
「だいたい、あいつに本気で入れ込んだら外出続きになってしまうわ。それはちょっと厳しいもの。これなら殆どここから動かなくてもいいし。」
 あいつのことは好きだが、だからと言って本だって好き。何と言われようとこれだけは譲れない。さすがに呆れられるかと思ったパチュリーだったが、小悪魔は何故か満足そうだった。
「私もその方が嬉しいですよ。」
 その言葉の意味するところはすぐにわかった。ある種、親近感を覚えないでもない。
「尽くす相手は選ばないと、馬鹿を見るわよ?」
「その言葉、そっくりそのままお返しします。」
 小悪魔は口ではそんな悪態を付きながらも、楽しそうに微笑みを見せていた。

 どんなに意気込んでも、やっぱり最後はやられてしまう。あの小型の魔力炉は反則だろう。どれだけ追い詰めても、あれが放つ強大な魔砲で全て台無しだ。
「まったく、あんだけ酔ってて勝てると思ったのか?」
「あれだけ酔ってたからあんたとやろうとなんて思ったのよ……
 普段通りの思考が出来るなら、少なくともあんな広いフィールドで戦おうとなんかしない。あと出来れば八卦炉は使えない状態にしてからやる。今さら言っても後の祭りだが。
「お互い醒めちゃったし、もう1回飲むか。」
「そうね……あーもう、何体壊れたかしら。」
「自業自得だっての。」
 叩きのめされて何だが、不思議と気分は悪くなかった。しばらく鬱屈としていたのが発散できたせいもあるのだろうが、何より魔理沙が楽しそうだったのが良かったのだろう。活発に騒いでいる時の魔理沙は、誰よりも生き生きしている。

 そんな魔理沙に惹かれて、いつの間にか好きになってて。
 だけどいつか、魔理沙との永い別れがやってくる。

 いつか必ずやって来るから「いつか」なのだ。
 でもそれは、「いつか」と言われるほどに、遥か未来のこと。

 魔理沙の時は止めたくない。
 だって、動かなければ魔理沙は輝かない。
 飾りの人形では、魔理沙は騒げない。

 だから「今」を魔理沙と共に生きる。

「ねぇ魔理沙。」
「何だ?」
「自律して行動する人形って、人間と変わらないと思う?」
「うーん……もしも精神と思考をも有していれば、それは既に生物に限り無く近いよな。」

 そう、「いつか」が必ずやってくるというのなら——

——いつか、魔理沙と共にずっといられる術を見つければ良いのだ。