『おてての おもいで』(ポップンミュージックSS)

2012年1月3日
拙作(ポップンミュージック)

眼鏡ネタのかなりキてるやつです。
捏造設定はここまで膨らむのかと自ら呆れてしまった一作(笑)。
もはやご注意くださいで済むレベルじゃなくなっております(汗)。


ポップンミュージックSS
おてての おもいで

 落ちない。

 落ちない……

「どこ……どこにいるの……?」
 幼子が彷徨う。一人彷徨う。
「ねえ……どこにいってしまったの……?」
 その足取りはたどたどしく、その瞳は濁りきっていて。
 でも生きている。生気はなくとも生きている。

 だって、生きるために

「おちないの……おちないの……

 たくさん、たくさん

「あかいの……おててのあかいの……

 たくさん、たくさん

「あらったのに……とれないの……

「どうしたんだい……?」
 やさしい声。求めていた声。それは突然に現れた。
「ああ……いた……とれないの……とれないの……!」
 この手にこびりついた赤い怨念。落としたはずの汚濁。
「そうか……だったら、ほら。」
 差し出された手に汚れきった右手を重ねる。自分とそう大きさが変わらないはずなのに、その手がすごく頼もしい。
「おちないの……にいさま……
「怖かったんだねぇ……かわいそうに。」
 空いている方の手で、にいさまは頭を優しく撫でてくれる。それだけでも心が安らぐ。
「きれいにしてあげないとねぇ……。」
 赤く汚れた手のひらに、にいさまは躊躇いもなく唇を当てる。洗っても洗っても消えなかった呪いの赤が、溶けるように消えていく。
「ああ……にいさま……
「おとなしくしてようねぇ? すぐ済むからねぇ。」
 柔らかく弾力を持った感触が手の甲を這う。傷なき傷痕が拭い取られていく。指先に散った飛沫も、1本ずつ包み込まれて綺麗になっていく。
「あ……
 手を染めていた赤が完全に落ちた。それを示す奇妙な恍惚感が湧き上がってくる。
……これで、大丈夫。」
 まだ少し頭がぼーっとするけれど、にいさまの優しい笑顔をしっかりと見つめていた。また、すぐにいなくなってしまうかもしれないから。
「にいさま……
 止めてはいけない。それは悪い子のお願いすることだ。
「何だい?」
 でも、願うだけなら許されるはずだ。

「ぼくが……おおきくなっても……

 そう、もしも大人になっても、

「あかいのが……とれなかったら……

 洗っても、洗っても、その手を汚す血糊が浄化されなかったら

「おとしに……きてくれる……?」

 それで何と返事したんだったかな、あの男は。そんな独り言として漏れそうな疑問を脳裏に浮かべる。何故こんなことを今更思い出しているのか。
「あれナカジ、手相でも見てるの?」
 タローがこちらの気も知らず、呑気なことを聞いてくる。もっとも、自分以外の人間に自分の考えていることがわかるはずもないのだが。
「くだらんことを考えていただけだ。」
 そっけないような口調になってしまったが、嘘はついていないのだから仕方ない。
「そっか。」
 タローも特に気分を害してはいないようだった。こいつの脳天気なところは、こういう時にありがたく感じる。
「ちょっと飲み物買って来るね。」
 そんなことを言いながら、食堂奥の自販に向かってのんびりと歩き出すタロー。その後ろ姿を見ているうち、再びつまらない思考が脳裏を横切った。

——もしも、この手が再び赤く染まったら

 タローの首筋に、背中に、Tシャツから伸びる腕に、足に、鈍りきった視神経が刺激される。そんなつまらない衝動。曇ったレンズごしで無ければ、もっと強く刺激されていたかもしれない。
 そんなこちらの妙な気でも感じ取ったか、突如タローが足を止める。まぁいきなり殴り合いになることもあるまい。何より、その表情は相変わらず脳天気そのものだし。
「ナカジも何か飲む?」
 鈍感帝王の二つ名は伊達ではなかった。

 せっかくおごってくれるのなら、お言葉に甘えておこう。
 しかし何にしようか。

 そうだ、あの自販機には確か——

……トマトジュースを1本、頼む。」