『居心地』(ポップンミュージックSS)

2012年1月3日
拙作(ポップンミュージック)

『きみの かみひこうき』から微妙に話が繋がってます。
いよいよ妄想設定世界が全開で動き出しております(笑)。
完全にやおいなノリなので苦手な方はご注意ください。


ポップンミュージックSS
居心地

 その気配を、間違えるわけが無い。
……ちっ……
 ここが誰も入って来られるはずのない、施錠済みの自分の部屋だとて。「いる」と主張するのなら、確かにそこに「いる」のだ、この男は。
「面を見せるならもっと気の利いた時間にしてくれ……
 布団に横たえようとしていた上体を起こしながら、外しかけていた眼鏡をかけ直す。足先の闇の中に浮かぶように立っているのは、外れてほしかった予想を全く裏切らない人物。
「こちらとしては……もっと気の利いたお迎えの言葉が欲しかったねぇ。」
 楽しくもないくせに含み笑いを漏らす。何も変わっていない。変わっていてくれれば良いという希望的観測を粉々に打ち砕くかのように、乾いた含み笑いは続く。
「何の用だ……?」
 端的に聞く。どうせ何を言ってもはぐらかされるから。
「夜這いに来た、とでも言えば……少しは嬉しそうな顔をしてくれるのかな?」
 今度は心底楽しそうに、含み笑いを漏らしている。こういうところも変わっていない。まったくもって鬱陶しいことこの上ない。
「答えろ。」
 この程度で大した不快感を感じるわけでもないが、話が進まないのも気持ちが悪い。
……くく……少しは、気変わりしたかなぁと思ってねぇ。」
 自分とよく似た顔の、同じような眼鏡の、似たような曇り方をしたレンズの向こうに、まるで射抜くような鋭い瞳。
……しないさ。帰ってくれ。」
 そんな湿っぽく薄暗い世界に興味はない。どんな歌声も念仏に聞こえるような世界観に、自分の求めるものはないのだから。
「連れないねぇ……ずっと待っているのに。」
「待っている……だと?」
 勝手に自分から消えておいて、何を調子の良いことを。顔も見せずに連絡もよこさず、生きているか死んでいるかもわからなくて、助けを求めても救いを乞うても言葉一つ授けてはくれなかったのに、今さら何を——

——何を言っている、俺は。

 何だ、この呼吸の乱れは。意識が朦朧とする。奴が何かしたのか? 違う、こんな回りくどいことをするぐらいなら、最初の瞬間に息の根を止められているはず——
「お前はあの時、何を恐れたのかねぇ?」
 誰をも小馬鹿にしたように「君」と呼ぶこいつが、何故か自分のことだけを「お前」と呼ぶ。それは昔から疑問で、優越感がちょっとだけあって
「恐れた……だって?」
 やめろ、聞いては駄目だ
「あの兄弟のいずれかを選ぶ時、一度はとった幼子の手を離したじゃないか。」
 意識が乱れる、思考が壊れる、理性が歪む——
「ああ、怖かったさ……あの子供は滅びだ。滅びそのものだ。」
「そうだねぇ、あの緋い海は何も残さない……全てが緋に還り、緋だけが世界に遺る。」
「怖いだろう? 怖くないわけがない……
 口だけが動く。脳が動いてない。
 動かされてる? 勝手に動いてる?
「そうかそうか、本当に怖かったんだねぇ。可哀想にねぇ……

 お前は

 自分がそれを選んだという事実

 が、よっぽど怖かったんだろうねぇ。」

 そして脳が動く。ああ、やっぱり止められてたんだ。
……な、何だ…………っ!?」
 そんなはずはない。あの時、兄貴が幼子を求めていたから、自分はそれを譲って
「だから俺が代わりにもらってあげた。」
「嘘を吐くな! あんたは、兄貴はあの時——」

——あの時、兄貴は、俺の選択を、静かに、見守っていた——

——っ!?」
 額が脂汗で覆い尽くされていた。いや、発汗は全身に及んでいる。薄ら寒くて仕方ないのに。
「お前はいつまで逃げ続けるつもりだい?」
 何時の間に、距離を詰められている。まるで言葉の通り、逃げる者を追い詰めるかの如く。
「なぁ、認めないかねぇ? お前もこっち側のイキモノだって。」
 嫌だ、嘘だ、俺は違う、兄貴とは違う、兄貴みたいに
「そんなにこっちが怖いのかい?」
 あんたみたいに強くない、あんたみたいに笑えない、あんたみたいに生きられない
「まぁ確かに辛くて悲しくて気が狂いそうなほど危険だらけ、そんな素敵な世界だからねぇ……
 傷のついたCDのように細かいフレーズを繰り返す意識の混濁が、ちょっとしたショックで振り払われる。そいつの親指と人差し指が自分のあごを軽く持ち上げた、ただそれだけのことで。
「だから……本当のお前には至極居心地の良い世界だ。」
 見る者全てを粉々に砕きそうな鋭い視線。だがそれはこの男の見せる、ほんの少しの感情。まるで史実を語るように言い切るのは、言葉に強い意思が秘められているゆえ。
……俺は待ってるよ? お前は、こちら側に来るよねぇ?」
……答え……られる……かよ。」
「まぁ……来るだろうねぇ。お前は必ず来る。いや……もしも、いつまで待っても来ないなら——」
 至近距離まで近づいていた唇が、顔の少し脇を通過する。いや、すぐに止まる。つまり、声のボリュームを最小限にしても言葉が認識できるような位置だ。
 しかし、それに引かれるようにくっついてきた身体の方は止まらない。せっかく起こしていた上体を再び横にする羽目になった。重い。重みがある。重み、存在がある、本当にそこにいる——実在するその人が耳元で囁いた。

「迎えに行くと、するかねぇ……。」

 嫌悪感、安堵感、嘔吐感、恍惚感——よくわからない様々な感情が入り混じった反応を脳が示し、瞬きで主観視点が書き換えられると、そこにあるのは自室の天井。うん、恐らく天井なのだろう、薄暗くてよくわからないが。
…………………………っ!?」
 一体何だ、どういうことだ、意識が混乱しっぱなしでよくわからない。というか、わからないフリをしたい。
…………おい俺…………正気か………?」
 きっと昼間にサユリとつまらない話をしたせいだ。今度あったらたっぷり苦情を言ってやる。いや待て、こんなことを話せるものか。泣き寝入りしかないのか、面白くない。
……まだ、早いな……
 頭を抱えてうずくまりたい衝動にかられながら、再び目を閉じる。今度はクソ兄貴が現れることもなく、まどろみの中にその意識は沈んでいった……