『蒼い瞳、緋い海』(ポップンミュージックSS)

2012年1月3日
拙作(ポップンミュージック)

2Pナカジと2Pタローと一京という風変わりな組み合わせで
妄想設定が全力で炸裂したこれまた問題作です……
前のブログにて百合以外のジャンルで書いた最初のポプSSです。


ポップンミュージックSS
蒼い瞳、緋い海

 また一人。
 素早く繰り出された一撃を胸部に深々と受け、呻き声を上げながら倒れ込む。平時は楽器として使われるそれも、ちょっとした操作一つで人を殺す道具になる。むしろ彼の「それ」は、そのことのために作られたモノ。
 敵対するモノたちの目的は彼ではない。だがその敵意、いや殺意は現在彼に集中している。邪魔者は排除するということなのだろう。
「まだ邪魔立てしますか。」
 僧形の一人、恐らくリーダー格であろう男がそんな言葉を漏らした。こんな血生臭い状況で琵琶など手にとっているあたり、意外と話せば意気投合できそうだが、あいにく利害が一致していない。
 深くかぶった編み笠が邪魔で、その表情はよく読み取れない。まぁこちらも帽子と眼鏡と深めに巻いたマフラーのおかげで表情を隠すことができているので、おあいこと考えよう。
「あの子を……壊すつもりなんでしょ?」
「無論。それが我らの役目です。」
 この状況でまだ毅然と振舞ってみせるか。キモが座っているのか感情が麻痺しちまってるのか。
「それじゃあ行かせることはできないねぇ。」
 おちゃらけてお手上げのポーズなど取って見せる。ハラワタが煮えくり返れば返るほど、彼の意識は不気味なほどに冴えていく。
「そして、帰らせるわけにもいかない……。」
 楽器を鳴らすために使う「付け爪」。それを相対した三人の僧形に投げ放つ。狙い通りに飛んだので、相手のご一行様が揃って何もしなければ三つの有機物が無機物に変わってくれるだろう。もっとも、鋭利な爪状の物体が眉間に突き刺さっても平気な生物だとしたら話は別だが。
「小癪な……我らをみくびりますか。」
 避けた。ということはつまり、奴らは単なる人間である。人間なら、壊すのは容易い。
「みくびられる程度の実力しかないんじゃねぇ……
 もちろんそれを予測していたので、既に動作は始まっている。爪弾かれることで軽やかな響きを奏でる6本の「線」が、その戒めから解放されていたのだ。うち3本の先を素早く摘み、軽く遠心力をつけて前方に弧を描くごとく投げ出す。
 ミス。ヒット。ミス。うっかりさんは一人だけ。
 しっかりと「巻きついて固定された」糸が手元に帰ってくる。先を床にぴたりと貼り付け爪弾くと乾いた音色が周囲に響き渡った。が、続けて発せられた、まるでシャンパンが吹き出すかのような勢いの良い水音がそれをかき消してしまう。相手が外国の神話に出てくる首無し騎士でない限りは、これで残り2。
……強い。そして躊躇いがない。」
 琵琶の僧が呟いてみせる。こちらの実力をやっと把握してくれたらしい。
「そりゃあ躊躇わないよ。あの子を君らに壊されちゃあ、たまらない。」
 何故か笑いがこみあげてきた。抑えきれずに含み笑いを漏らしてしまう。
「あなたは危険だ……だが、役目を優先します。」
 僧形の頭目はそんなことを言いながらも、構えていた琵琶を素早くたすきに戻し両手を開ける。こちらと同じで楽器の姿を借りた「殺すための道具」を、何故戦いの最中にしまうのか。

 奴らはこちらより弱い——それが彼の「油断」だった。

 僧が両手を開けたら何をするのか、そんなことは考えるまでもなかったのだ。しかし気づいた時にはもう手遅れだった。琵琶の僧は胸前に左手で拳を握りその人差し指だけを立て、その人差し指を逆の手の拳で包みこむ。直後、編み笠の内の顔貌が見えるほどに姿勢を直立させ、先ほどまでの呟くような口調からは想像もできないほどの轟声を放った。
「オン・バザラダト・バン!!」
 まるで世界が指示に従ったかのようだった。僧の背後から強烈な光が放たれ、視界が真っ白に染められる。何も見えない。色眼鏡にしておくべきだったかもしれないが、恐らくは霊的な効果なので無駄だったのだろう。
 世界が元の姿を取り戻した時には、既に2人の僧形は姿を消していた。無機物と化した僧であったモノなら転がっているが。(数としてのカウントは2つに増えている。)
「大日如来印ねぇ……なるほどなかなかやるもんだねぇ。」
 真言宗における仏身、大日如来。別名を遍照如来とも言われ、その悟りによる光明は文字通り遍く世界を照らすとされている。その加護を秘めた印で光を生み出し、目くらましに用いるとは。
「しかし可哀想にねぇ……
 また笑いがこみ上げてきた。哀れに思う気持ちに偽りはないはずなのだが。
「俺は君たちを、なるべく安らかに、壊れさせてあげようとしてたんだけどねぇ……
 一瞬にして胴体から頭部を分離させられた僧形の一人は、彼の言葉通り、ほとんど苦悶の表情を浮かべていない。何が起きたか気づかぬうちに、「物」と化していたのだろう。
「あの子には……慈悲はないよ?」
 誰にともなく呟く。きっと壊されることはないだろう。それでも傷が付いたら一大事だ。もう一人の雑兵はともかく、琵琶の僧はなかなかの手馴れだった。
 行こう、あの子は何も知らずに待っている。

「さぁさぁ……赤い海が荒れ狂うよ……久々だねぇ……楽しみだねぇ……

 こみ上げる笑いが強くなってきた。はしたないとは思ったが、ついつい大きな笑い声を上げてしまった。

 いま自分の少し前を走るこの僧とは、仲間というわけでは決してない。先ほど眼鏡の男に殺められた数名の僧も、全く知らない人間である。ただ、彼らより自分の方が実戦勘があるから、自然とリードする形になっていただけだ。恐らくはかの僧たちも、総本山よりの「お役目」を与えられてきたのだろう。たまたまその対象の元に、複数人が同時に辿りついたに過ぎない。

「お役目」。
それは彼らのような闇に生きる僧形に与えられる「仕事」のこと。

 探していた「目標」が視界内に入り、二人の僧は駈ける速度を落とす。目くらましはまともに入っていたから、今しばらくはあの眼鏡の男が現れることもないだろう。ならば、今しか好機はない。
 あの男が守ろうとしていたもの——
「あっ、にいちゃん……じゃないのか……。」
 大雑把に伸びかけた銀色の髪を揺らしながら、大きな青い瞳をこちらに向ける。それは一人の少年だった。あどけない表情と整った顔立ち。声も決して低くなく、まるで少女のような可愛らしささえ感じさせる。
 だが、この子供が、今回彼らに与えられた「お役目」の対象。

 すなわち、彼らが殺めるべき対象。

……お役目はそれがしが果たす!」
 子供相手だというのに羅刹のような険しい表情を浮かべたまま、相方の僧が歩みを進めた。随分と力んでいるようだが、そんなことでは足元をすくわれかねない。
「待たれよ。その少年は『お役目』の的、迂闊に動いては」
「腰抜けの若造め! このような小童、何かしでかす前に叩き潰してくれるわ!」
 言葉こそ強気だが、彼の方こそ焦っているようだ。恐らくは先ほどの眼鏡の男に追いつかれる前に決着をつけたいのだろう。しかし、脅威があの男だけだとするならば、お役目の対象にこのような幼子が選ばれるはずもない。
「あ……おじさん……
 目前で錫杖を振り上げる僧形を恐れることもなく、少年は呟くように呼びかける。その瞳は——

——赤い……!?

 焦りで目が曇っている者ではたぶん気付かなかっただろう。先ほどまで晴れ渡る大空や穏やかな海の如き蒼色を宿していた少年の瞳が、まるで炎のような、鮮赤に輝いていたのだ。
「危ないよ、高波。」
 その瞳に映されているのは、どこまでも広がる赤い、赤い、赤い海。その海面に二人の僧形が立ち尽くす。一人は錫を振り上げ、もう一人はこちらを見ている。こちら、つまり自分。まるで少年の瞳は鏡のようで、ただ鏡の向こうは真っ赤な海に覆われた世界で。
 ならば「高波」という言葉の意味は。
 この世界におけるこの場所は、何と言うことのない現代風の建築物の内部。人々が待ち合わせに利用する広間。だが「少年が見ている赤い世界」はどうだ。その身を砕かんと禍々しい長物を振り上げる暴漢に対して、その脇から迫るものは。

高波。
赤い、赤い、まるで血のように、いや、それ自体が血そのものであるような、赤い高波。

 何が起きたのか気付かなかっただろう。たぶん最期まで。瞳に映された僧形は、赤をその身に受け、赤に蝕まれ、赤に沈んでいった。赤に還っていった。そしてそれは、現し世の僧形にも反映された。赤い世界の中で赤に触れた部分から、まるでペンキでも塗られたかのように赤く塗りつぶされていく。それがどんな感覚を伴うのかは見ただけでわかるものでもないが、その断末魔の呻きと悲鳴から察するに、決して快楽的なものではなかろう。
 そうして全てを赤く染められた僧形は、支える力を失い地面に崩れ落ちた。文字通り、崩れ落ちた。かけらの一つ一つがまるで海に沈むかの如く、地に吸い込まれるようにして消えていく。
「あーあ、だから教えてあげたのに。」
 人一人が、命だけに留まらずその存在さえも失ったのを目の当たりにしながら、少年は全く平然としていた。そう、彼にとっては一人の中年男性が波に飲まれただけ。生きているか死んでいるか、そんなことは関係ない。
「高波はね、乗るのが難しいんだ。しっかり体勢を整えないとね。」
 波に飲まれた者に興味はもうないらしい。少年はこちらに語りかけていた。その赤い瞳の中に、こちらの姿を映して。
「おにいさん上手なんだね、波乗り。でも油断しちゃダメだよ?」
 すさまじい重圧だった。既に彼は少年の世界の中に捕らえられていたのだ。この赤い海は、少年の心一つで凪にも時化にも変わる。もしも波が荒れれば、自分も先ほどの僧と同じように、赤に喰われて消えるのだろう。このお役目、どうにも割にあわないものだったらしい。
「海に好かれているのかな……いい波が続くね~。」
 精神を集中し、この戒めを何とか打ち破ろうとする。しかし赤い海はどこまでもどこまでも続いている。出口どころか入り口すらわからない。この赤の底で、真っ赤なかけらたちが自分を手招きしているような気がした。

——刺し違えることぐらいなら……

 そんなことを考えた矢先、赤い海が嘲るように荒れ始める。心を読まれたとでも言うのか。
「たいへん。おにいさん頑張らないとひっくり返っちゃうよぉ。」
 しかし少年は本気で驚き、慌て、応援しているようだった。この世界は、この子が支配しているのではないのか。襲い掛かる高波を、避けたり流れに乗ることでかろうじていなし続ける。しかし限界は近そうだった。このままでは——

『殺意じゃよ、一京。殺意を収めるのじゃ。』

 不意に頭に響く老人の声。反射的に言葉に従う。

 それは彼、一京の持つ最も特殊な力。殺意、敵意といった負の感情のコントロール。増幅させることでお役目に対する躊躇いを消すことができていたが、まさかこのような使い方をすることになろうとは。

 少年に対する殺意を完全に沈めると、荒れ狂う赤い海は跡形もなく消え去り、世界は元の姿を取り戻した。少年の瞳も元の綺麗な蒼色を取り戻していた。
「御大、これは……
 目の前にいる少年ではない「誰か」に対し、一京は疑問の声を投げかける。
『その童はな……己を殺めようとする者を、己が知らぬうちに喰ろうておるのよ。』
 また頭の中に響く声。それはまるで琵琶のような、物悲しくも美しい響きを持っている。
「ではつまり、あの少年を殺めることができるのは……
『殺意なく人が殺せる者だけじゃ。それができぬ者は、あの禍々しい血の海に飲まれ、魂まで残らず喰われて終わりじゃよ。」
 殺意なく殺す。その言葉を聞いて、一人の男の姿が一京の脳裏に浮かんだ。もっとも眼鏡とマフラーが邪魔で、その顔貌はよく覚えていないのだが。
「では奴は守ろうとしているのでなく……
『皮肉なものじゃて。エニシなんじゃろうな、恐らく。』
 少年は自分を無視して一人でしゃべり出した一京を、不思議そうに見上げていた。その表情はあまりにもあどけない。
『お主も試してみるか?』
……私には無理ですよ。」
 自嘲的な笑みを少しだけ浮かべ、一京は大きく跳躍してその場を一気に離れた。あの男の気配を近くに感じたからだ。あの赤い海に精神力を大きく消耗させられた状態で、勝てるような相手ではないのだ。それに、もう利害も対立していない。

——とかくこの世は地獄巡り。願わくは毘盧遮那仏の光明満ち足りぬことを。

 本当は、とっくにこの場所に着いていた。だが、久しぶりに見たかったのだ。あの赤い海が人を喰らう様を。久しぶりに聞きたかったのだ。赤に蝕まれるモノの断末魔を。
 あの若い僧形が生き残ったのには驚いた。どうやら何かの加護を得ているらしい。まぁ良い、また現れるなら今度こそ壊すまで。そうでなければ用はない。

——この子を壊させるわけには行かないんだよねぇ……

 そろそろ寂しくなってきた頃だろう。蒼い瞳であたりを見回して、いまだに帰りを待っている。わざと大きめに足音を鳴らしながら、彼は少年の方へ歩き出した。

——この子を壊そうとする奴らは、みんな壊してやろう。

「あっ、にいちゃん!!」
 足音に気付いたのか、ベンチから立ち上がって駆けてくる。子供は容赦がないから、飛びついてくるのも全力だ。
「待たせてすまなかったねぇ……なかなか自販がなくてねぇ。」

——壊して、壊して、壊して、壊し続けて、

 炭酸飲料の缶を渡してあげると、まるで子供のように大喜びだった。そんな姿を見ながら、しみじみと内心の呟きを紡ぐ。

——壊そうとする奴が誰もいなくなったら、その時は——

その時は。

——俺が君を、壊してあげるからね。