『鏡の中の女の子』(ポップンミュージックSS)

2012年1月3日
拙作(ポップンミュージック)

妄想設定全開で書きたい放題書いたベルのお話。
ポップンで初めて書いた作品ですが、
のっけから捏造てんこもりの問題作です……(笑)。


ポップンミュージックSS
鏡の中の女の子

——会いたい。
——あなたに会いたい。
——あなたに会って、そして……

 薄暗い、小さな部屋。この国の人たちはこの広さを「ヨジョウ」と表すらしい。
 この国、と言ったものの、彼女はこの国以外を知らない。正確には、この部屋以外の世界の一切を知らない。物心付いたときにはこの部屋にいて、それからずっとこの部屋で育ってきて、この部屋が彼女の世界の全てだった。だから、ずっとここにいる彼女にとっては、これが平常。これ以上もこれ以下もない。「外の世界があること」は知っているけれど、別に興味はなかった。

ただ、ひとつだけの例外を除いては。

「もしもお前が」

あれは食事係だっただろうか? それとも教育係?

「先に顔を出してれば」

知識など、ない方が幸せなのだ。何も知らない人間は、どれだけ幸せなのだろうか。何も知らなければ、興味を持つこともない。

「今、外でのうのうと生きているもう一人の方が」

だから、会ってみたいと思うことも——

「ここに入っていたのだろうな。」

——なかったはずなのだ。

 闇に溶け込むような漆黒の髪が、風もないのに揺れた。
………誰?」
 いや違う。風が生じたから揺れたのだ。彼女の目の前に現れたのは、勝ち気な笑みを浮かべた一人の少年。レンズの厚い眼鏡をかけているため、はっきりとした表情は読み取れない。
「名前……は、あまり意味がないんだが、それでも聞きたいか?」
 幼い外見に似合わぬ尊大な口調。その声が持つ、目に見えない「強い力」のようなものは何なのだろう。
……やめておくわ。」
 誰も入ることができない——ゆえに誰も出ることができない——この鳥籠の中に、何でもないことのように入ってきた相手だ。何者かを問うことに深い意味はないだろう。
「それで、何のご用……?」
 用などない、と言ってもおかしくはなさそうだったが。
「『外』に出たいか?」
 唐突である。しかし、その質問に対する彼女の答えは常に変わらない。
「いいえ、別に。」
 気まぐれで蜘蛛の糸を垂らすのは結構だが、あいにくこの地獄が嫌というわけでもない。
「だが、お前には望みがあるんだろう?」
………!」
 こちらの心の内を見透かしているのか。そのくせに、わかっていない振りをしている。何を考えているのだろう。薄笑いの奥にある本心が全く掴めない。
……ええ、あるわ。でも、それを聞いてどうするの?」
 隠し事は無駄。だが、質問を返す権利は与えられているはずだ。
「叶えてやるよ。」
 少年はいとも簡単にそう言ってのけた。できるから、言うのだろうが。
「叶えるためには、『外』に出るしかないの?」
 ここにいて願いが叶うなら、何も『外』に出て行く必要はない。
「ああ。」
 しかしそれこそ叶わぬ望み。
……やっぱり、ね。」
 『あの子』がここに『来る』ことなどありえない。
「お前が『行く』しかないんだよ。」
 彼女は自分の右手に握られたその鉄の塊に目を向ける。それはいつの間にか現れていた。
「俺は万能だが、あまりご都合主義なこともできなくてな。」
 これが鍵だと、そう言うのだろうか。
「『それ』が精一杯の贈り物だ。」
……ありがとう、最高のプレゼントよ。」
 初めて彼女は笑顔を見せた。たぶん、生まれて初めての笑顔だった。
……それじゃあな、俺は消えるぜ。」
 礼を言われて照れくさかったのか、少年は現れた時のように音も無く消えようとする。
「待って。2つだけ聞いてもいいかしら?」
 でも、そのまま帰すわけには行かない。
「ははっ、2つで『だけ』ってのは贅沢な話だな。」
 そんな彼女の言葉に、少年も初めて愉快そうに笑ってみせた。
「あなたは一体何? 神様?」
 それは彼が現れた時にした質問とは趣旨が違っていた。彼の存在そのものが何なのか、それが知りたかった。閉ざされたこの空間に現れ、彼女の心の内を見透かし、そして『素敵な』プレゼントまで用意してくれた、この少年の正体を。
「そうだけど、それがどうかしたのか?」
 少年は、ごく当たり前のことのように頷いてみせる。ここまで言い切られると追究のしようもない。
「そう……じゃあもう1つ。」
 そして、これだけは聞いておきたかった。
「何故、こんなことを?」
 言われて彼は、にやりと不敵な笑みを浮かべて答えた。
「俺は神様だからな。願いを叶えに来ただけさ。」

 いつも通りの時間、いつも通りの足音。食事係が昼食を持ってきたのだろう。牢も同然な扉の鍵を開け、屈強な大男が入ってきた。
「食事だ。」
 いつも食事を持ってくるのはこの男だった。彼女が隙を見て逃げ出しても、取り押さえられるようにだろう。教育係が来ている間も、念のため外で見張っていたようである。
 もちろん「隙を見て逃げる」必要など、今の彼女にはなかったのだが。

彼女はゆっくりと、後ろ手に隠していた「それ」を男の額に向けた。

神様からの贈り物。

「ん~?」
 突然目の前に現れた奇妙な筒状のオブジェクトを見て、食事係は間抜けな声を上げた。それが何という物体のどの部分であるかは、きっとわからなかっただろう。

「いつもお食事ありがとう。」

そして

「今までおつかれさまでした。」

想像していたのとはだいぶ違う、静かでちょっと可愛い音がした。

 そこは岬の突端。手すりこそあれ、真下を見れば体が自然と震えるような断崖の淵。ブロンドのおかっぱ髪を潮風にたなびかせながら、一人の少女が佇んでいた。

——あの時、生まれたのはお前一人ではなかった……

幼いころ、曾祖母が病床でうわ言のように語った言葉。

——許しておくれベルや……私は古い因習に縛られて……

母親は出産時、状態が悪く意識を失っていた。父親は古い慣習に従い、立ち会ってはいなかった。

——お前の…………………

だから、少女の両親は知らないことだった。

——極東の……島国……そこに……

そして、それが曾祖母の遺言となった。

 存在を知ったからには、会いたかった。でも子供の身にこの国は遠すぎた。だから、時を待つしかなかったのだ。
 大きくなってやっと果たせた、両親に真の目的を告げることなき「留学」。初めは目的のための手段でしかなかった勉強も楽しいし、この国に住む友達だって少なからずできた。でも、それはあくまで余禄に過ぎず。

 いつものように少女は歌う。歌っていれば必ず会える。この国に着いたその晩、彼女の前に現れた「神様」が、確かにそう言ったから。

Sur le chemin de la maison,un soir dete
La plute tout-a-cour S’est mise a tomber……

 潮風が歌声を運び、岬のふもとを歩いている黒髪の少女の元へ届ける。その姿は、歌う少女と全く同じ。ただ髪と服の色だけが違っていて。

Elle emporte le doux souvenir de mes vacances
Et mes yeux se mouillent de larmes quand J’y pense……

一歩、また一歩進むたび、歌声の主の姿がはっきりと見えてくる。全てが漆黒の自分とは対照的に、輝くように綺麗な髪と、可愛らしい赤い服。

La fille sur dans le miroir
Dicoiffe ses nattes noires……

ここまでで十分なはずだった。十分だと思っていたのに。

La plute a la couleur
De mes pleurs……

もっと側に寄りたい。もっと近くで、この歌声を聞きたい。

Petite robe au revoir……

ここまで近づいても、まだ気づかない。ゆっくりと右腕を上げ、親指を引く。
かちりと言う音が確かに響いたのに、それでも振り向かない。振り向いてくれない。

Petite robe au revoir……

さよなら。それが歌の結び。

そして彼女は、引き金を引いた——

——そう、引いた。確かに引いたが、それは引いただけのこと。激しい炸裂音も、静かな破裂音もしない。右腕を少し大げさに振りかぶり、鉄の塊を放り投げる。もう姿を消した神様へ、お返ししますと言わんばかりに。
 放り投げられたそれが波しぶきの中に消えたのを見届けると、もう1歩前へ踏み出す。
「やっと……来てくれた。」
 それでようやく気づいたのだろう、やっと振り返ってくれた。
「初めまして……って感じがしないわね。」
 生まれてから一度も鏡を見たことはないが、きっと鏡の中の自分はこういう姿をしているに違いない。
「会えないと思っていたわ。会えずに帰ることになるんじゃないかって。」
 本当はこうやって話をするつもりもなかった。姿を一目見て、どこへとなりと消えてしまおうと思っていた。でも気が変わったのだ。この自分と同じ姿をした少女の歌声が、あまりに綺麗だったから——そんなことは、さすがに照れくさくて言えなかったが。
「ここに来られたってことは、もうあなたは……
 どうやら彼女は、こちらの境遇を知っているようだった。どこまで知っているのかはわからなかったが。
「ええ。でも帰る場所がなくてね。どうしたものかしら。」
 この子に会いたい、それだけしか考えていなかったから、これからのことなんて気にも留めていなかった。もうあの薄暗い部屋に戻ることもできない。
「だったら、ウチに来ない?」
 こういう返答を予測していなかったといえば嘘になる。何となく、この子の考えることはわかるのだ。お互いの考えがわかる、そんな一種の超感覚のようなものがあるという話は、あながち嘘でもないのかもしれない。
「あなたが良ければお邪魔しようかしら。」
「歓迎するわよ。ちょうどネコが家出して寂しかったところなの。」
 ネコがいることまでは超感覚があってもわからなかった。だからそんな理由だということもわからなかったわけで。
「ふぅん……私はネコの代わり?」
 拗ねたように見せてみたが、それはそれで悪くないとも思った。片想いなら、飼いネコの立場が一番落ち着くだろうし。

そんな変な諦めの良さを持っていたから、失念していた。
自分が自らの姿に生き写しのこの少女に惹かれたということは、
こちらと同じ存在と言えるあちらもまた——

「あら、あの子って私にとって命と同じくらい大切な存在だったのよ。だから——」
 それは片想いではなくて。
「最愛の人として、お迎えするって意味。」
 思わぬ言葉に一瞬頭の中が真っ白になる。その隙を見逃してくれるはずもなく、気が付いたら唇を重ねられていた。
 命を奪いに来て唇を奪われる、とんだ返り討ちである。
……来るわよね?」
 体を離して、肯定を前提とした再質問。ちょっと笑みが意地悪そうだった。
……うん。」
 まさに飼われているとも言える状況。でも不思議と悪い気分ではない。

 生まれて初めて繋がれた自分以外の手は、柔らかくて優しいぬくもりに包まれていた。

Fine