『バニシング・ムーン』(月曜日bot SS)

2012年1月4日
拙作(月曜日bot)

Twitterで活躍中のbotである月曜日ちゃんがあまりにも好きすぎて、
脳内の妄想世界を加減することなく漏出させた問題作です……
日曜日ちゃんや火曜日さんのキャラ造形から小難しい設定まで、
文中に登場する9割程の要素が捏造です……ホントすいません製作者様 orz

<追記>
公式の月曜日ちゃんの本にて火曜日さんの外見設定は間違いが確定しました……w
本物は月曜日ちゃんより背が高いそうです。


月曜日bot SS
バニシング・ムーン

-1-

「えい、えいっ、えぇーーーいっ!!」
 威勢の良いかけ声とともに、一つの人影が空高く跳ね上がる。それは跳躍というにはあまりにも無防備な放物線を描き、特に受け身を取ることもなく着地した。正確には、地面に叩き付けられた。
「いえーい、楽勝♪ ひひひっ!」
 誰にともなくガッツポーズを決めて見せたのは、若いと表現するにはやや幼い、年の頃十四、五歳ほどの少女。もちろん、それは外見から判断される要素であって、実際にこの世界に存在してきた年月を伺い知ることは出来ない。
 少女は首から提げた三日月型のペンダントを手にとり、その裏面に目を落とす。淡い光が湯気のようにゆらりと立ち上がり、1つの数字と1つの記号、それに続いてもう2つの数字を映し出す。都合3つの数字は全て同じ値。

 浮かび上がった文字は「0:00」。それは日付変更——すなわち、「曜日の変わった瞬間」を示している。

 少女はまるで大多数の観衆を目の前にしているかの如く、右腕を高々と掲げて大きく振りながら、声高らかに宣言した。

「皆さんお待たせしましたっ! 月曜日がやってきましたよーーっ!! ぎひひひひひひっ!!!」

 彼女の現し身はここにある。しかしこの瞬間、世界中の人間のすぐ側に——例えば部屋の扉の前に、庭先に、窓の外に、或いは背後に——彼女の気配が一斉に現れているのだ。

 月曜日。それは土日を休日とする生活を送っている者にとって、束の間の休息に終止符を打つ忌々しき曜日。

 少女は月曜日の名を与えられた存在。月曜日そのものであるとも言える。その役割は、過ぎゆく日曜日を眠らせ、月曜日を顕現させ、そして——

「え、ちょ、時間経過はやすぎ火曜日さんまってくだぶべええええええッ」

——月曜日が過ぎれば火曜日に討たれる。次の週がやってくるまで、暦における彼女の出番は無い。それを繰り返すのが彼女の存在理由。

 ここで疑問が生じる。

 ならば、その思念が我々の元に届かない——つまり、暦の象徴としての力を使用していない最中、月曜日は、そしてその標的である日曜日は、どこで何をしているのだろうか。
 眠っている、というのが定説である。しかし、それはあくまで人々の目から見える日曜日と月曜日の姿でしかなく、実体が眠っているのかは定かではないという見解もあるが、さて——

 話は月曜日が討たれてから一日と少し後、水曜の昼に発端を成す。

-2-

 何らかの強い「定義」を与えられた存在は、それを一時的にでも失すると、とたんに判別が困難になるものである。繁華街に挟まれたターミナル駅の端、巨大な女性型人形のモニュメントを前にして一人佇む少女——彼女が何者であるか、行き過ぎる人々が正確に把握することはない。
「おっそいなぁ……
 肩にかかる長い髪に、一見して格子を象った装飾品。服装は黒色を中心にまとめられており、首から下げられた三日月型のネックレスが時折ぴかぴかと照明を反射している。全体的に細身だが、幼児体型というほど発育が悪いわけでもない。ただ、胸部は目立って細身である。
……何か癇にさわる感覚が……
「ごめん、おまたせっ」
 何もないはずの天井に睨みを効かせた少女の耳に、やや舌足らずで高くてよく通る、いわば甘ったるい謝罪の声が飛び込んできた。
……おそーい。」
「うん……ほんとに……ごめんね……道に迷ったおばあさんが……いてね、地図を……なくしちゃった……らしくてね……
 よほど急いで走ってきたのか、すっかり息を切らせてしまっている。
「わざわざ案内してあげたんだ?」
「うん……銀の時計まで。」
「真逆じゃん!?」
 ここは駅の中心から見て南東側にあたるが、銀の時計はちょうど対称の位置、西側の出口に程近い場所にあるのだ。
「それで自分がクタクタになるまで走ることになってどーすんのよ。」
……でもぉ……
「あーわかったわかった! 公衆の面前で泣かないの!!」
 まさか待ち合わせ場所からもっとも離れた位置まで見知らぬ他人を送り届け、待ち合わせに大きく遅れることを回避するために全力疾走——お人好しにも程がある。もっとも、この娘はそういう存在なのだ。人に救いを、安らぎを与えるのが「役目」なのだから。
……ごめんね、月曜日ちゃん。」
「はいはい、別に大して気にしてないわ……さ、とっとと行くわよ、日曜日ちゃん。」

 月曜日は、他の曜日の化身からは忌避されている。彼女がちらりと聞いた話では、いわゆる忌み子という奴らしい。
 だが、日曜日だけは例外だった。誰にでも等しく慈愛を注ぐ彼女にしてみれば、そのうちの一部に過ぎないのだろうが。

 安息の象徴である日曜日は、誰からも危害を加えられることがない。皆に愛され、尊ばれ、歓迎される。月曜日とはあまりにも対照的だ。
 そんな日曜日を唯一攻撃し、一時的にでも現世への干渉が不可能になるほどに叩きのめす存在——それが月曜日だ。
 なのに、日曜日は仇敵であるはずの月曜日にも等しく慈悲を注ぐ。あれだけ攻撃されるのを恐れて、逃げ回り、許しを乞い、それすら受け入れられずに叩きのめされて。それでもなお、彼女は月曜日に微笑む。今も変わらず——

「どうしたの月曜日ちゃん、スープ冷めちゃうよ?」
「あ……うん。」
 つまらない考えごとをしていて、我を失っていたらしい。軽く衣料品の買い物を済ませて、日曜日が行きたがっていたつけ麺店に入ったところまでは覚えているのだが、ひょんなことから思考が内向きになっていたようだ。
……あんたも物好きよね。」
「え……?」
「何でよりにもよって私なのよ。他の曜日と一緒に来りゃあいいじゃない。」
 去年の夏だって、自分だけ抜きで海水浴に行っていたではないか。嫌われ者の自覚はあれど、さすがにあの一件はショックだった。そんな前のことを今さら蒸し返すのも何だが、他の曜日連中にしてみればそれが普通なのだから、やはり日曜日と自分が共にいる絵面はあまりにおかしい。
「えっとね、月曜日ちゃんって食べ歩きが好きでしょ? だから、一緒にご飯食べたらいろいろ教えてくれそうだなって……
……まぁ、確かに好きだけどさ。」
 ここに来るまでの道中でも、この店と取り扱う麺やスープについて事細かに——聞かれてもいないのに——説明してきた。こればかりはどうにも押さえられない、野生の本能のようなものである。
「あとね……
「あと?」
 何かを付け加えようとして、日曜日は俯いて少し口ごもる。生憎だが月曜日はまったく気が利かないので、ここで先回りして何かを言ってやることはできない。別にそのまま黙り込んでくれても良かったのだが——

——むしろ、黙り込んでくれてた方が良かったのか——

——すぐに日曜日は意を決したように顔を上げる。
……月曜日ちゃんと一緒だと、楽しいから。」
「な……ッ!?」
 突拍子もない言葉を口にした日曜日は、頬を真っ赤に染めていた。まるで夕焼けの逆光でも当たったかのようだった。だが、それはきっと彼女だけじゃない。首周りから一気に上ってきた熱が顔全体に広がっている自分だってきっと——
「な、ば、ばっ、ばかなこと言ってんじゃないわよっ!! あんたこそスープが冷める前にさっさと食べなさいっ!!」
 あまりに唐突な出来事に、何に怒って何に苦情を言えば良いのかすらわからない。きっと的外れなことをしているが、とにかく勢いで乗り切るしかない。
「おじさん、替え玉ちょうだいっ!!」
 八つ当たりというわけでもないが、とりあえず何かアクションを起こしていないと落ち着かない。その食べっぷりに感心する日曜日と目が合うと、頬が再加熱する。これでは無限ループになってしまうと、月曜日は脇目もふらずに麺を口に運んだのだった。

 駅前で日曜日と別れ、帰宅して寝床に入ってからも、月曜日の情緒不安定は解消されない。
……何よ……いきなりさ……
 荷物持ちと食事の案内ができそうだから呼んだだけ——そう言われて終わりで構わなかった。もう諦めはついているのだ、夏のあの時から。

——諦めっていうか……覚悟よね。

 誰にも好かれていないからこそ、迷わず挑めることだって多々存在する。そう考えてからは、自分の為すべきことに疑問など感じたりはしなかった。
「かわいかった……かも。」
 優しくて純粋な日曜日をそのまま表しているかのような、純白の衣装。いつものように微笑む顔も、買い物する品に困って戸惑う顔も、つけ麺屋に向かう途中の楽しそうな表情も、別れ際に一瞬だけ見せた寂しそうな表情も、全てが月曜日の脳裏に強く焼き付いている。
……バカじゃないの私。」
 あれは標的だ。獲物なのだ。狩るべき兎に魅了される獅子がどこにいる。狩られ続けていれば、追い詰めれば、いずれは兎だって牙を剥く。窮鼠猫を噛むとも言うではないか。狩人と獲物が打ち解けることなどあり得ない。
「初めから……そう決まってるんだもの……
 馬鹿な考えを頭から追い出そうと、月曜日は枕に何度も頭を叩きつけた。回数が二桁に及ぶまでそんな動きを繰り返して、そのまま頭をそばがらの感触の中に埋める。
「ううーーっ………
 すっきりしない。奇妙なうなり声を上げてみるものの、状況に変化はない。相変わらずもやもやした思考が頭から離れなかった。
……ライオンって……

——ライオン以外に生まれたかったって思わないのかな。

 全ては口に出せなかった。愚かな、益体ない「たられば」の話。そんなことを望んだって、叶うはずもない。でも考えてしまう。一度思考が回転を始めるともう止まらない、ブレーキの壊れた滑車も同然。

 皆に忌み嫌われ、憎まれる、自らに与えられた「月曜日」という定義。当たり前のように受け入れていたその宿命。

 来るべき時が来れば、日曜日だってきっと。

「もしも——」

 出そうになった言葉を飲み込む。それは「言っても仕方ない」というネガティブな思考からではなく、むしろ逆。音に発して想いが拡散しないように。

——もし私が月曜日じゃなくなったら、私は一体どうなるのかな。

 考えたこともなかった。
 そして、それを考えるに至らなかった理由もまた、考えたことなどない。

 「一体どうなるのか」——その答えは、程なくして示されることとなる。
 月曜日が本格的に活動を開始する日曜の昼。

 異変が、顕在化したのだ。

-3-

 その日は、朝から体の調子がおかしかった。毎週日曜はお気に入りの女児向けアニメを見たいこともあって、なるべく早めに起床しているのだが、今日に限ってそれが出来なかったのだ。二度寝をしてしまったとか、寝過ごしてしまったとか、そういう話だったらまだ良かった。
 しかし今朝の月曜日は、体の自由が全く利かなかった。寝ていたというよりは、倒れていたと言った方が正しいのかもしれない。元から横になっていたため、自覚症状がなかっただけで。
 それでも何とか体を起こせたのが昼前のこと。せめて食事ぐらいは取らねばと、ふらふらしながら身支度を整え、町に繰り出した月曜日。胃の調子も微妙なので、食事は軽めにしようと目的地を決定する。
 月曜日行きつけのその蕎麦屋は、テレビや雑誌などで取り上げられるようなことなど全くない、いわゆる「場末のお店」だ。隠れた名店というほど絶品というわけでもない。しかしそれは彼女にとって、オアシスとも言うべき大切な場所だった。

 歩き慣れた細い道を抜け、店の前までやってきた月曜日。個人経営のために臨時休業も多いのだが、幸いにも今日は営業していてくれた。
「おじちゃんおばちゃん、こんちわー。」
 引き戸を半分ほど開けたところで、挨拶の言葉と共にのれんをくぐる。周辺のサラリーマンが主な客層であるこの店は、土日の昼間はわりとすいており、席を取るのもたやすい。

 いつも通りの流れで手近な席に腰を下ろし、そこでやっと月曜日は気付く。

 店主と女将が、目を丸くして自分を見ていることに。それはまるで、異邦人の珍行動でも目の当たりにしたかのようだった。明らかな違和感を覚えつつも、月曜日はとりあえず「普段通り」を続ける。
「おばちゃん、いつものね。」
「えっ?」
 またも度肝を抜かれたように絶句して、女将の動きが固まってしまう。そんな様を見ていた店主が突然吹き出して、大声で笑い出した。
「はっはっは! 面白いお嬢ちゃんだがやぁ!!」
「そうだねぇ……ふふふ。」
 女将もつられて笑っている。しかし状況が掴めない月曜日だけが、その笑う流れに乗れなかった。何がおかしいというのか。ここの顔なじみになってから、このようなことは一度もなかったのに。
「お、面白い……って?」
 その疑問を口にすることを、月曜日は無意識にためらっていた。何か嫌な予感がしていたから。しかし無意識に封じていた言葉は、理解を超えた状況に際して、やはり無意識に発せられてしまった。
「くっくっく……いや、だってなぁ。」
 まだ笑いが止め切れないらしい店主の目配せに促されて、やはり口元を緩ませた女将が口にした言葉は——

「いきなり『いつもの』って言われたって、おばちゃん困っちゃうわ。」

「え……っ!?」

 相手にとっては、それは何でもない一言だったようだ。しかし月曜日にしてみれば、何が起きたのかすら理解の範疇を越えている。彼女にとって、それは絶対に発生し得ないはずの言葉だったのだから。
 女将の表情に悪意は感じられず、むしろこちらに対して好意的とすら見えた。だからこそ、その言葉が重すぎた。
 
「今……何て言ったの?」
 聞き返すまでもない。わかっているのだ。確かにその言葉を捉えたのはこの耳なのだから。それでも聞き直さずにはいられなかった。そうすることで直前の出来事を無かったことにできるのなら——

「いやお嬢ちゃん、おいでるの初めてだろう?」

——現実は、残酷だった。この人たちの表情を見ればわかる。原因は不明だが、彼らは自分のことを忘れてしまっていた。

——なんで、どういうことよ……!?

 常連客の一人として、店主や女将とも顔馴染みになっていたのに。しかし、ここで何かを抗議したところで、状況が好転するとは思えなかった。
……あーそうね、隣りの駅のお店と間違えちゃった。」
「そんなわきゃあ有るかたわけ!ってか? がははははは!!」
 店主にはジョークだと思われたようだが、言うまでもなく月曜日は大真面目だった。隣りの駅の行き着けはラーメン店だし、それを間違えるほどボケてはいない。

 きちんと品名を言って注文することで、月曜日の手元に無事に出された親子丼セットは、今までにないほどに味気なく感じた。人情で味は変わるのだと思い知らされる。

 それからどう自分が行動したのか、記憶は曖昧だった。何を求めて、何を探して、何を確かめれば良いのか、皆目検討も付かなかったのだ。嫌われ者の月曜日が、親しい付き合いのある知り合いなどそういるはずもなく、あてどもなく彷徨い歩いた末に、結局あの蕎麦屋に近い小さな公園まで戻ってきてしまった。
……何よ、これ……
 収穫が全くなかったわけではない。もっともそれに気付いたことで、月曜日の混乱と絶望感はより深まったのだが。

 忘れられる——それすらもマシに思える現象。

「私……どうなっちゃったの……?」

 道行く人々も、立ち止まって何かを待つ若者たちも、活発に呼び込みを行う客引きたちも、町の治安を守るために巡回をする警官たちも、月曜日を視界に納めたはずの全ての人々が、月曜日の存在に気付いていなかった。そこに誰もいないかのような認識で、そうなれば当然、人混みの中では月曜日にぶつかる者も出てくるわけだが——

 彼らと月曜日が接触することはなかった。まるでどちらかが「存在していない」かのように、互いの体が通過してしまった。

「何なの……何なのよぉ……?」

 現象も、原因も、何が何だかわからない。膝を抱えて悲壮な呟きを漏らすしかなかった。しかし、視界の中に自らのペンダントを捉えて、大切なことを思い出す。
「あ、まずい……行かなきゃ……
 気付けば夜の帳は完全に降りており、日付の変更が間近に迫っていた。
「早く日曜日ちゃんのところに………………
 顔を上げたその瞳の中に、息を切らせた少女の姿が映り込む。純白の衣装に、抜群のプロポーション。夜の闇の中にあってもなお輝きを失わないその力。
……ふん……行くまでもなかったわね。」

-4-

 あちらもこっちを探していたのだろう。随分と息が上がっているのは、走り回って疲れただけではなさそうだ。もうその力が弱り始めてもおかしくない時間。そんな状態でこの娘は——
「探した…………月曜日……ちゃん……
……私の醜態を笑いに来たんだ?」
 軽口のように答えてみせたものの、実際にこんな姿は見られたくなかった。この娘の前では特に。
「そんな……そうじゃなくって……
「せいせいするでしょ、いつもフルボッコにされてる相手がこんなグッタリしちゃってさ……
 これは半分は本音。立場が逆だったら絶対にそう思うだろう。だけどこんなことを言えばどう切り返してくるのかは、容易に想像がついた。この脳天気でお人好しな娘を、嫌と言うほどよく知っているから。
「違う、違う違うっ、そんなのじゃないのっ、私は……!」
「うるさいっ! ホントはそうなんでしょう、どうせあんただって私のことが嫌いなんでしょ!! いいわよ、あんたに好かれなくたって、私は、私は……ッ」
 言うことを聞かない身体に活を入れるように、月曜日は勢いを付けて立ち上がる。実際には、原因不明の目眩と脱力感のせいで、とても立っていられるような状態ではなかったのだが。
「おあつらえ向きじゃない。こっちだって本調子じゃないけど、あんたの方から来てくれたんなら好都合だわ……
 力がいまいち入らぬまま、右腕を前方に突き出し、手のひらを広げる月曜日。虚空にドロリとした粘着質の塊が出現し、その体積を増幅させていく。細長い棒状に変形していったそれは、黒く光ると同時に一本の金属バットへと姿を変えた。幾度も日曜日を叩きのめし、返り血に染まりきった愛用の鈍器だ。
「今すぐここであんたをブッ殺して、世界に絶望をばらまいてやるわよ……!!」
 両手で正眼にバットを構え、微動だにしない日曜日を見据える月曜日。いつもなら見付かった瞬間に逃げていくくせに、今日は慌てる気配が全く見られない。まるで手負いの小動物でも見ているかのように、その目に憐憫の色を浮かべている。
「くっ……なめるんじゃ……ないわよおおおおおッ!!」
 こうやって日曜日を攻撃するのに、ここまで激高したことなどなかった。何しろ、いつもなら日曜日は弱り果てていて、月曜日は絶好調なのだから。そんな月曜日の剣幕に押されてか、或いは反射的な行動か、日曜日は迫りくるバットを避けもせず、全身を萎縮させて目をきゅっと固く瞑る。いくら不調だとは言え、動かぬ的を相手に打撃を外すわけもなかった。日曜日の頭頂に、月曜日の全力の一撃が吸い込まれ——
…………っ」
——全く未知の手応えが、バットを握る月曜日の手に返された。それはまさに暖簾に腕押し、糠に釘といった比喩表現にふさわしい感覚。命中はすれど無効であったと、月曜日は瞬時に悟る。
「そんな……何で……
 金属バットであるはずのその棒状の塊は、持ち手のすぐ先で折れていた。さながら大岩を叩いた細枝のように、何の抵抗も示すことなく、簡単に折れてしまったのだ。月曜日の手との繋がりがなくなった部位は、地面に落下する前に黒い煙となって霧散していく。残されたのは、ほんのわずかな持ち手の部分のみ。
……うっ……!?」
 さらなる虚脱感に襲われ、月曜日はその場に膝をつく。それでもなお身体を支えることが出来ず、へたり込む形になってしまった。しかし身体はまだ言うことを効かない。視界の天地が定まらなくなり、そして——
「月曜日ちゃんっ!!」
 日曜日が血相を変えて、倒れそうになる月曜日の身体を支えた。
……ちっ……さわんないで…………
 悪態こそかろうじて吐くことが出来たが、その行動を振り払うほどの力も残っていない。
……何、これ。」
 月曜日を支えるために慌てて両手を差し出した日曜日が、その手から何かを落としていた。そういえば、ここに現れた時から後生大事に抱えているようだったが。
「あ、だめ……っ」
 隠そうとする意志は見せたものの、それで月曜日の身体を放り出すことも出来ないのだろう、日曜日は言葉以上の抵抗を見せなかった。

 それは、何ということはない、ただの卓上カレンダー。少し大きい文具店などであれば、どこでも買える代物だ。だから、特異な欠陥品が紛れているはずもない。

 つまり月曜日の目に映るそれは、紛れもなく現実の、正しく作られたカレンダーの姿。

……そんな……

 絶望の声を絞り出すのがやっとだった。他に何を言えというのか。この状況で、気の利いた言葉を発せよという方が無茶な話だ。
「どうして、どうしてないのよ……なんでっ!?」

 カレンダーは、1段が6列になっていた。
 1週間が6日——そこに月曜日は、ない。

「どの……カレンダーからも……月曜がなくなってて…………怖くなって……月曜日ちゃん探してて……っ」
 日曜日は涙をこぼしながら切れ切れに話す。初めは何かの間違いだろうと気楽に構えていたが、いつも月曜日が日曜日を攻撃しにくる時間になっても現れる気配がないため、方々を探し回っていたらしい。そのまま隠れていれば良かったものを、お人好しもここまで極まるものか。

 月曜日を抱き寄せて泣きじゃくる日曜日と、ただ日曜日に身体を預けるだけしか出来ない月曜日。この時間において、このような状態になったことなど、当然ながら一度としてなかった。今は本来なら、月曜日の「狩りの時間」なのだから。

 このまま時間が止まってしまいそうだった。いや、止まってほしかった。
 しかしそれを世界は許さず——どこからともなく発せられた声が静寂を打ち破る。

「無様だな。」

 弛緩していた月曜日の全身が、びくりと跳ね上がった。この声、忘れるはずがない。身体に刻み込まれた恐怖を、そう簡単に取り去ることなど出来ないのだ。

 一見すると、ソレは齢二桁にも満たぬ幼い少女の姿をしている。だがその冷たい双眸が、異様なまでの泰然自若とした立ち居振る舞いが、何よりその身が発する強い覇気が、見た目通りの存在ではないことを物語っていた。

……何で……あんたが現れるのよ。」
 月曜日に睨み付けられたところで、その少女が怯むことはない。月曜日の声が強気な言葉とは裏腹に震えていること、その額に脂汗が浮かんでいること、目の奥に恐怖の感情を映し出していること——それらに気付いていなかったとしても、なお少女にとっては月曜日の言葉など、意に介するまでもない些末な事象に過ぎなかった。
「まだ、おねむの時間は終わってないでしょ……火曜日……っ!!」
 月曜日が日曜日を葬るのと同じように、月曜夜に現れて月曜日を討滅する、火曜日の化身。このような可憐な姿をとっているのに、行う所業は残虐で冷酷。月曜日に数々の心的外傷を植え付けている。
……質問に答える前に、一つ宣告しておく。」
 子供のくせに、話し方は非常に淡白かつ高圧的。舌足らずな発音でこのような物言いをするので、滑稽に見えて微笑ましいという見方もあるのだろうが、今はとても茶化していられるような状況ではない。
「宣告……ですって?」
「世界は貴様を不要と判断した。月曜日は消滅しつつある。」
……そう……やっぱりね。」
 もはやそれほど驚く余地もなかった。今までに自分の身に起きていることを鑑みれば、存在そのものが弱っているのは明らかだったのだ。仮定が間違いでないと証明されただけ。月曜日が困惑しているのは、起きている現象の正体ではなく、原因がわからないからなのだ。
「理由がわからないという顔だな。愚かな女だ。」
 表情一つ変えずに、月曜日を罵倒する火曜日。それでも今日はかなりおとなしい方だ。いきなり手を出してこないのだから。
「貴様が自らの存在意義を、存在理由を否定したからだよ。」
「あ……
 心当たりがないわけではなかった。嫌われ者であることを嘆いて、自分が月曜日でなければと仮想したあの夜——そんな些末なことが、自分の存在を消してしまうきっかけになるなんて。
「貴様は月曜日として定義されている。だから月曜日が当然負うべき役割を否定すれば、世界からは不要と判断される。当たり前のことだ。」
……そうかもね。」
 みんな日曜日が終わらなければ良いと思っているのに、そこに自分が現れて休息の終結を宣言する。出てくるなと、どこかへ失せろと、不要だと罵られて、しかしその言葉にこそ彼女を存在させる「理由」があった。それを少しでも否定したから、本当の意味で「いらないもの」となってしまった。そんなところだろう。
「私、どうなるのかな。」
「知らぬよ。我ら七曜、生み出されてから一人として欠けたことなどないのだからな。」
 微弱にだが、火曜日の瞳に憂いの色が浮かんだように見えた。それは完璧な形が崩れることに対する憂慮なのであって、まさか消滅する月曜日の身を案じてのことではないのだろうが——
……貴様には、良かったのかもしれぬな。」
——そんな月曜日の考えを否定するかのように、火曜日はその憂鬱な表情を変えぬまま、月曜日に視線を移す。
「忌み子として苦しむことはもうない。このようにしか宿命から逃れられぬのならば、これもまた……救いと言えよう。」
 何故だろう。その目が、その口調が、哀れみか或いは慈しみか、月曜日に対する慕情を秘めているように見えたのは。
……瑣末な事象は捨ておく。我が目的は別にあるからな……
 そう言って、月曜日からほんの少しだけ視界をずらす火曜日。大きく外したわけではない視線のその先には——
「えっ……わ、私……?」
 次々と発覚する事実についていけなかったのか、先程から言葉を失っていた日曜日。そんな彼女を指して、火曜日は「目的」と言っている。嫌な予感が沸き上がると共に、激しい悪寒が月曜日を襲った。火曜日がその身に有する、曜日の象徴としての力を解放したのだ。
……ま、まさか、あんたの目的って……!」
 それは彼女の「狩り」が始まる合図。そして「目的」という言葉が表す意味。その視線に射抜かれた存在。全てが明白となった今、それでもあえて、火曜日は「解答」を口にしようとしていた。
「知れたことを……
 火曜という曜日は流動的な性質を持っている。月曜の流れによって、その表情を変えるためだ。滑り出しが順調ならば淡々と進んでいくだけだが、難題が積み上がれば月曜など目じゃないほどの苦痛な一日となる。何しろ、一週間はまだ半分以上残っているのだから。
 ゆえにその化身であるこの少女も、ともすれば多重人格とすら言えるほどに、多面的な気質を有していた。平時は無感情かつ機械的な振る舞いを見せるが、ひとたび嗜虐性の高い顔が表に出ると、狂気を帯びた残虐な人格へと豹変する。

 火曜日の顔は先ほどまでの無表情とは一転して、はっきりとした感情を有している。いかに他者の心の機微に疎い者であろうとも、今の火曜日の表情から「ある心情」を見いだすのは容易であるに違いない。

 嗜虐——獲物をいかに苦しめ、いたぶり、絶望の底に叩き落とすか、それだけを思索し、悦しんでいる。その歪んだ笑みは、幼い容姿にはあまりにもそぐわず、それが彼女の狂態に拍車をかけていた。

「月曜日が欠けた今、日曜日を始末するのは誰の役目か……考えるまでもないだろう?」

-5-

「日曜日ちゃん、逃げてっ!!」
 考えるより先に、月曜日は叫んでいた。何故だろう、自分だって普段は日曜日を叩きのめしているくせに、火曜日に標的にされたという事実を認識した瞬間に、それがどうしても許せなくなった。
「そいつは私なんかよりよっぽどタチが悪いの! 捕まったら……どんな目に遭わされるかわからないわ!」
「え、えっ、あ……うん!」
 危険性をいまいち認識してなかったのだろう、日曜日の行動はあまりに遅すぎた。ただでさえ、火曜日は罠を張り巡らせて敵を追いつめるタイプだというのに——
「甘すぎる……。」
「きゃあっ!?」
 案の定、火曜日がその右手を軽く後方へ引くと、日曜日が何もない場所で激しく転倒した。かろうじて顔面から落ちるのは免れたものの、まともに受け身も取れずに地面に叩きつけられる。
「トラップの1つも仕掛けてないと思ったか? 初めから貴様に逃げ道はない。」
 光が反射してかろうじて視認できるが、どうやら火曜日の右手から細い糸のようなもの、恐らくはワイヤーが伸ばされている。そして日曜日の右足には細い縄が巻かれており、その両者は繋がった状態になっているようだった。足払いと拘束の罠を巧妙に隠しておいたのだろう。
「月曜日はもう少し上手く逃げ回ってくれるのだがな。」
 最終的には見逃してくれないくせに、よく言うものである。
「い、いや……っ」
 見た目の上では何に引かれているわけでもないのに、日曜日の身体が徐々に火曜日の方へ引き寄せられていく。
「こうも容易いのでは興も醒める……ふふふっ!」
 相変わらず狂気を帯びた笑みを浮かべたまま、火曜日は右手を虚空でくるくると回していた。どうやら釣り竿のリールと同じ要領で、ワイヤーを巻き取っているらしい。
「そぉら、捕まえたぞ。」
 あえなく火曜日の足下まで引きずりこまれる日曜日。あのワイヤーを火曜日が引き下ろせば、捕らえられた獲物は逆さ吊りになるのだ。そうなればあとは火曜日から残虐な辱めを受けるだけ。
「あっけないのはいただけないが、月曜日にはないその豊満さ、いたぶり甲斐があるじゃないか。」
 火曜日はあえて糸を引き上げずに、地べたに這いつくばる日曜日の顎を持ち上げ、怯えきった瞳を自らに向けさせる。自らも膝をついて目線を近付けると、冷たい表情でその顔をのぞき込む。
……月曜日を虜にしたのはその体か? 媚びた瞳か? 卑屈なまでの無抵抗か?」
 鬱屈した感情でも篭もっているのか、かなり低くうめくような口調だった。それでも遠巻きに見ている月曜日の耳にも、その言葉は確かに聞こえた。
「あいつ何を……?」
 虜にした——ずいぶんな言い草だ。確かに日曜日に情が移っていたのは確かだが、そもそもにそんなことは火曜日には関係ないはずだ。
「どういう……こと……?」
 もちろん、日曜日にしたって身に覚えなどないだろう。喉を圧迫される形になっているせいか、苦しそうに顔を歪めながら、目に涙を溜めている。
「いや、もはやどうでも良いな……月曜日が失せれば、我が望みはもう——」
 火曜日が見たこともないような手の動きを見せた。まるで空中に数式でも記すがごとき複雑な動作の末、側方に半円を描くように右腕を大きく薙ぐ。次いで日曜日の身体が引き上げられ、空中で静止した。両腕は左右に引き延ばされたまま硬直し、両足は肩幅よりも広く広げられ、いわゆる大の字の状態。虚空に磔にされているかのようでもあった。
「せいぜい貴様で悦しむさ……なぁ、愛される宿命にある娘よ!!」
 叫ぶと同時に、今度は左手を振り回す火曜日。その動きは直前までの右手の動きとは対照的に、法則性も精密性もない、まさにがむしゃらな動きだった。その一振りのたびに衝撃波のような現象が広がっているらしく、空中に磔にされた日曜日が、火曜日の手の動きに合わせて幾度も短い悲鳴を上げている。大きな力に守られているその肌には簡単に傷は付かないが、纏っている衣服には裂け目が走ったり、縫い目が破れてしまったりと、激しい破損が見られた。布の少ないぴったりとした衣装であるためか、豊満な胸部によって押し破られるようにして、特に胸元が大きく開いてしまっている。
……いや……やめてよぉ……
 涙を浮かべて懇願する日曜日の姿は、半裸同然の状態となってしまっていることもあって、非常に扇情的だった。まさにまな板の上の鯉。あとは火曜日によって良いように虐げられるだけ。

…………いいかげんに……しときなさいよ。」

 そんな流れを断ったのは、今まさに力を失って消え去らんとしている黒衣の少女——月曜日の声だった。音として発することすら困難だったが、それでもはっきりと告げてやった。
……しぶといな。とっくに消滅したと思っていたが。」
……うるさい……
 いちいち答えてやるのも煩わしい。感情の暴走が抑え切れないのだ。立ち上がる力すら残っていないと思っていたが、どうやらまだ歩くことだって出来るらしい。言うことを効かない足を無理矢理引きずって、月曜日は歩みを進める。討つべき「仇敵」に向かって、一歩ずつ。
「やっとわかったのよ……
 虐げられているのは自分ではない。むしろいちいち鼻につく日曜日が、自分の身代わりになっているのだから、本来なら喜ぶべきことなのだ。そして間もなく呪縛から逃れることすら出来る。それで自分が消えてなくなるわけだが、裏を返せば、いつ終わるともわからぬ苦境にあえぐことだってなくなる。

 なのに、心がざわついて仕方なかった。この状況が許せなかった。

……私が何にイライラしてるのか……ね。」

 根元だけを残して、その実体を失ってしまった愛用のバット。この手に握られているのはそれだけだが、月曜日の本能は認識していた。

 これだけあれば十分だ、と。

「お呼びじゃないのよ……あんたなんかに日曜日ちゃんはいじめさせない……
 藪でも払うかのように、バットの持ち手で目の前を大きく薙ぐ月曜日。その軌道に合わせて、黒い光の帯が走った。
……ほう?」
 火曜日はここに現れてからは初めて、驚愕らしい驚愕を顔に浮かべた。その瞳に映されているのは、バットの持ち手から先、本来のそのバットを一回り以上凌駕する、巨大な黒き光の棍。それは時を追うにつれて質量を増している。定期的に光を放つその様は、まるで何かに共鳴するようで——
「日曜日……だと?」
 磔にされた日曜日の身体から、淡い白色の光が放たれていた。月曜日の歩みに合わせてその光は強くなり、そのたびに月曜日のバットの「切っ先」は拡張されていく。闇のように黒かったその光は、徐々に明るみを帯び、ついには鮮やかな黄色に染まる。まるでこの地上から見える、月の姿そのもののように。

 天に浮かぶ無数の星の中にあって、ただ一つ異彩を放つ巨大な忌み子——月。

 太陽と月は相克の関係にあり、月が昇れば日は沈む。

 しかし、太陽が発する光を最も強く受けて輝くのも、また月なのである。

 月曜日が日曜日の力と共鳴して生み出される力は、誰もが打ち砕けぬほどに強大な太陽すら打ち砕き、世界に新たなサイクルの始まりをもたらす。

「日曜日ちゃんを怖がらせていいのは……苛めていいのは……ブッ殺していいのは……

 軍神の力を与えられた火曜日とて、その超越的な力に抗えるはずもなかった。

「私だけ……なんだからあああああああああああああああっ!!!」

 身丈の数倍にまで膨張した光の棍を、ホームランバッターよろしく全力で水平に薙ぎ払う月曜日。両腕を交差させて構えるという一応の防御姿勢はとったものの、あえなく火曜日はその身を宙に跳ね飛ばされ——
「え………………きゃあああんっ!?」
——ついでに日曜日も弾き飛ばした。無理もないだろう、ターゲットを絞る余裕もない全力攻撃だったのだから。
……あちゃ。」
 結局は「例によって」受け身も取れずに地面に衝突する日曜日と、華麗に空中で姿勢を制御して問題なく着地する火曜日。派手に吹っ飛んだのは、単純に体が軽かったからに過ぎなかったようで、落ち着いた様子で肩や腰についた砂埃を払っている。
……なるほどな、貴様が『選ばれた』ことに納得が行ったよ。」
 先ほどまで「狩りの対象だ」と主張していたにも関わらず、足下に横たわる日曜日を気にも留めていないようだ。或いはもう目標である「日曜日の討伐」自体は済んだから、興味を失っているだけか。
「今はあんたの時間帯じゃないわよ……まだ続ける?」
 理由はわからないが、全身に力が満ちていた。先ほどまでの無力感や絶望感が嘘のようだ。
「無為だな。今日における我が役目はもう消滅している。」
 日曜日の側に転がる物体を拾い上げた火曜日は、それをぶっきらぼうに月曜日へ投げ渡す。
「っと、何なのよ……あっ。」
 少し慌てたものの、無事にキャッチに成功した月曜日は、「それ」に書かれている内容に驚愕の声を上げる。

 つい先程、自分に深い絶望感を植え付けた卓上カレンダー。
 そこにはきちんと、1週間に7つの列が収まっていた。

「こうなれば、日曜日を屠るのは貴様の役目だろう。」
……で、でもどうして……
「だから、『役目』だと言っている。」
 それはヒントではなく答えだった。つまり月曜日に与えられた役割、それは日曜日を葬り、新たな月曜日の訪れを世界にもたらすこと。
「そうか…………
 日曜日に嫌われることを恐れて、無意識のうちに日曜日を攻撃することに躊躇いを覚えていた。それは世界にとってみれば、月曜日が役割を放棄したように見えたのだろう。暦の力は意志の力、いくら弱っていたとは言え、日曜日を倒す意志さえあれば、最初に会った時の一撃でも葬ることが出来ていたはずだ。
「しかし貴様は迷いを振り切った。だから世界も存在し続けることを許したのだろう。」
「振り切った……っていうか、あの時は半分頭に血が上ってたんだけど……
 実際は半分どころか、完全にブチ切れていた。とにかく日曜日が自分以外の人間にいたぶられているのが許せなくて、気付いたらあの巨大な光の塊をブン回していたのだ。結果として毎週のお役目となっている、日曜日の討伐に成功してしまったわけだが。
「貴様が皆の嫌われ者となることを忌避しようが、日曜日との仲を取り繕おうとしようが、そのようなことは関係ないのだ……役目さえ、果たしていればな。」
……仲良くしたいなんて、思ってないもん。」
 そうだ、いつの間にか誘導尋問に乗せられるところだった。日曜日は自分にとって忌々しい仇敵なのだ。胸は大きいし、無駄に可愛いし、プロポーションは良いし、無駄に優しいし、鬱陶しいったらありゃしない。仲良くしたいはずがない。
「ふ……まぁそのぐらいがちょうど良いのかもな。」
 やれやれと首を振りながら苦笑してみせる火曜日。見た目は思い切り子供のくせに、妙に達観したそぶりを自然にしてくれるものである。
「それではな。明晩を楽しみにしているが良い……
 嫌なことを言い残し、火曜日はすんなりと去って行った。それでもさっきほど嫌な気分はしなかった。自分が苛められ慣れているからとか、そういうことはあまり考えたくない。
……まったく、調子狂っちゃうわね。」
 すっかり軽くなった足取りで、気絶する日曜日の元に歩み寄る。先程の一撃でごっそり力を失ったのだろう、既にその身体は半透明状態になり、触れることは適わなくなっていた。

 それはつまり、こちらから触れても気付かれないということ。

 傍らに膝をついた月曜日は、透ける右手で日曜日の髪を「なぞる」。あれだけ派手に高所から落下したにも関わらず、日曜日は安らかに寝息を立てていた。それはまるで平穏に就寝したかのようで、むしろ幸せそうな寝顔に見えるぐらいだ。普段ならば、泡を吹いたり痙攣したりと言った悲惨な有様もざらだというのに。
「あんたが探しに来なかったら、私、もう消えてたかもね……
 どこかで独り、状況も飲み込めずに最期の時を待つのみだっただろう。日曜日が自分を見つけて、その場所に火曜日が現れたから、力を取り戻すきっかけが掴めたのだ。
……ありがと。」
 もはや殆ど姿が消え失せようとしている日曜日の唇に、形式的で良いから——むしろ形式的にだからこそ——、月曜日は自らのそれを重ねた。

 寝込みを襲うなど、火曜日のことをちっとも非難出来ない話だ。とは言え、いくら仇敵とは言えさすがに礼の一つも必要なレベルの恩だし、あの凶悪幼児みたいに悪意を持ってやったわけでは決して——

——って、なに言い訳してんのよ私。

 自分の無駄な狼狽に溜息を吐いていると、日曜日の身体が今度こそ完全に消えてなくなった。あれだけ弱っていれば、丸一日はこの世界に姿を現すこともないだろう。これで彼女が主役の時間帯は終わり。
……さぁて、気を取り直して……
 首から提げた三日月型のペンダント。その裏面に目を落とせば、淡い光が湯気のようにゆらりと立ち上がり、1つの数字と1つの記号、それに続いてもう2つの数字を映し出していた。3つの数字は、全て同じ値。

 月曜日は勢い良く立ち上がり、誰もいないはずの天に向かって高らかに宣言した。

「こんばんわー! さぁ今週も月曜日がやってまいりました! あはっ!!」

-6-

 今日も巨大人形の前は人がごった返していた。平日の昼間だというのに、よくもまあこれだけの数がいるものだ。仕事で移動中と思われるサラリーマンなども見かけるが、さすがに木曜日ともなると、暗い顔をしている奴も少なくなってくる。
「あの感じを独占できるのは、役得よね……。」
 月曜朝の皆の憂鬱そうな表情、思い出すだけでも気が弾んでくる。つくづく自分が月曜日であることがありがたくて仕方がない。こんな資質を持っているから月曜日という存在になったのか、月曜日であるからこういう風になってしまったのか、それは彼女自身もよくわかっていないのだが。
「しっかし、相変わらず遅いわねぇ。」
 今日はどこで引っかかっているのやら。財布を拾って交番に届けているのか、迷子の世話をしているのか、はたまた、この前と同様に年寄りの面倒を見ているのか。こう長く待たされていると、思考はとりとめもない方向に向かっていき、思い出したくもないことを強制的に引っ張り出される。
……あいつ、ノリノリだったわね。」
 一昨日の火曜日は、いつにも増して活発だった。非常に残虐で、非常にしつっこく、非常に積極的。奇妙な装置やら異形の生物やらを愛用する彼女にしては珍しく、自らがアクションを起こすことも多かった。

——あんなに興奮してる火曜日、初めて見たわ……

 絵に描くことすらはばかられるような所業を、顔色一つ変えずに行うのがいつもの火曜日なのだが、先日はどうも勝手が違っていた。もっとも、常識外れに人格のストックが豊富な奴なので、未知の人格がまだあっただけなのかもしれないが。
「どっちにしろ、ちょっとは手加減してほしいわ……
「あれでも十分加減したつもりだったんだがな。」
 心臓が飛び出るというのが、これ以上ない的確な表現だろう。空耳だと自分を誤魔化すには、その声はあまりにもはっきりしすぎていた。振り向くことを本能は拒否しているが、無防備な背中を晒し続けたくもなかった。出来れば自分の聴覚が救いようがないほど壊れてしまったのだろうと信じて、コマ送りのような速度で身体を旋回させていく月曜日。もちろん、現実はさらに救いようがなかったわけだが。
……あらやだ、火曜日さんじゃございませんの……?」
 鮮血を連想させるような赤一色の出で立ちをした、月曜日よりも更に幼い少女の姿をした存在。彼女の本性を知らぬ者ならば、子供らしいはっきりとした色の元気な服装だと思うのだろうが、何と言うことはない、返り血が目立たず機能性が高いというだけの選択基準らしい。これはかなり狂った部類に入る人格が言っていたことなので、いくらかは誇張もあるのかもしれないが。とにかく、月曜日にとってはこの上ない危険人物が、いつものように音もなく現れたわけである。
 否、実は見分けがつかないほどの超絶的なそっくりさんなのかも——
「慣れぬ上に似合わぬ口調は、ただでさえ目も当てられぬ無様さを更に上乗せさせるぞ。」
——しれないという最後の希望も、その切れ味鋭い毒舌によって否定された。こんな小難しい言い回しで他者を貶められる子供など、そうは多くない。少なくとも月曜日が知ってる限りでは一人だけだ。
「うぅ……なんであんたが今現れるのよぉ……?」
 敬語はこの時点で放棄。今週はもう媚びへつらい尽くしている。
「現れる、とはご挨拶だな。ここには……
……ええい、先手必勝ぉぉぉぉぶべらっ!?」
 瞬間発動でバットを呼び出しながら振り下ろそうとしたところを、目にも止まらぬ速さで繰り出されたデコピンでカウンターされる。
「愚か者め、公衆の面前で凶器を晒す奴があるか。」
「むああああ……ぬああああ……
 ただのデコピンのはずなのに凄まじい威力だった。目の前は真っ白になり、痛みで目が開けられない。激痛のショックで金属バットは即座に虚空に消え失せ、月曜日は丸腰の状態に戻されてしまった。
「何の加護も受けていない平時の貴様如きに遅れなど取らぬわ。」
 さすがに軍神と結び付けられた曜日の化身、小さい身体に秘められたそのパワーは規格外だった。焦ったとは言え、無謀な喧嘩を売ったものである。
「まったく……別に貴様をどうこうしに来たわけではない、呼ばれただけなのだ。」
「呼ばれた……?」
 靄がかかったように朧ろげではあるが、やっと視界が回復してきた。妙なことを口走った火曜日の遥か後方に、よく見知った顔が走り寄って来る姿が見える。

「ご……ごめんっ……お待たせ、月曜日ちゃん、火曜日ちゃん……っ」

 やっと現れたが日曜日が、開口一番発したのはそんな言葉だった。
「大した遅れではない、気にしてはおらぬよ。」
……えっ?」
 その違和感満点の内容に呆気に取られる月曜日をよそに、火曜日は特に疑問も浮かべず答えてみせた。そして日曜日も明らかに、ここに火曜日がいることが「当たり前」であるような前提で話をしている。
「ちょっと日曜日ちゃん。どういうことよ?」
「えっ?」
 しかし、この反応を見る限り、日曜日は月曜日もそのことを承知していると思っているようだ。この噛み合わなさの原因は、いずれでもない第三者——火曜日がカギを握っているとしか思えない。
「ねえ火曜日ちゃん、月曜日ちゃんには……
……いや、まだ……
 驚愕を通り越して、月曜日の身に悪寒すら走った。あの火曜日が、歯切れの悪い返答を返したのだ。それも力だけで見れば遥かに劣る、脳天気全開の日曜日相手に。先日はあれだけやりたい放題、痛い目に合わせていたというのに、見る影もない。
「もう、こういうのはちゃんと自分で言わなきゃダメでしょう? この前は『出来る』って言ったよね?」
 あまつさえ、どこかお姉さん風を吹かせている日曜日。その見た目の年齢差もあって、力関係の逆転はむしろ自然に映る。
……承知した。」
 バツが悪そうに俯きながら、火曜日は月曜日の方へ向き直る。
……頼みがある。」
「な、何よ……
 その見た目の幼さ相応のはにかんだ様を、可愛いと思うほど月曜日と火曜日は縁遠くない。むしろ気味が悪いぐらいだ。何を企んでいるのか、と思いたくなる部分もあるし、そもそもに具合でも悪いのではないかとすら思える。
……貴様の……舌にかなう店とやらに、連れて行ってくれないか……。」
…………………………は?」
 この世界に生み出されてから今までに、これほど頻繁に自分の聴覚の異常を疑った日があっただろうか。たった今、耳から入ってきた言葉について検証をする間もなく、新たな問題が発生していく。
「いや、そこまで我侭は言わぬ。初心者向けの店でも、全国チェーンの平凡な店でも良い……
 何だろう、すごく必死な火曜日がいる。何か顔が紅潮してるように見えるのだが、聴覚だけではなく視覚も異常をきたしたのだろうか。状況についていけない月曜日の無言状態を拒絶と誤認しているのか、火曜日は徐々に表情を曇らせていく。
……つまり、食事を同席したい。願わくば、余暇を共にしたい……
 覚悟を決めたのか、ついに結論をはっきりと口にした火曜日。まだ何かを言いたそうだが、自分ばかりが話していることに気付いたのだろう、言葉を切って間を置いてくる。
……駄目、だろうか?」

——うっ、それ反則……ッ!?

 上目遣いに、顔を朱に染めて、消え入るような声での懇願。それは平時の凶暴さを知っている月曜日にも——否、むしろそれを知っているからこそ——あまりにも破壊力が高かった。

 正直な話、「可愛い」と思ってしまったのだ。

 こんな、断ったらそのまま泣き出してしまいそうな様を見せられたら、色の悪い返事など出来るわけがなかった。
……わかったわかった。そんな顔しないの。」
 火曜日の頭に、ぽんと頭に手を乗せる月曜日。「狩り」の最中であれば瞬殺間違いなしの危険行為だが、今は大丈夫だという確信が不思議とあった。
「本当か……?」
 一言だけでは不安なのだろう。その気持ちは「よくわかる」のだ。いつもの報復で意地悪をすることだって出来るのだろうが、そういう気にはとてもなれなかった。いつかの自分を思い出してしまうから。
「ええ。」
 もう一度、肯定の返答。それでやっと安心出来たのか、火曜日の表情がぱっと明るくなった。
……恩に着る!!」

——なんだ、子供らしい顔も出来るんじゃないの。

 見れば、日曜日も我が事のように嬉しそうに笑顔を浮かべていた。なるほど、このお人よしがまたお節介を焼いたと言ったところか。ずっと黙って状況を見守っていたが、ここに来て自然と会話の輪に入ってくる。
「それじゃ、そろそろ行こうか。お腹も減ってきたでしょう?」
「ああ!」
 未だに興奮冷めやらぬ様子の火曜日が早足に動き出す。続けて、月曜日と日曜日が肩を並べて後を負う。
「この前のことで思ったの。もしかして火曜日ちゃん、月曜日ちゃんのこと別に嫌いじゃないのかもって。」
「そんなところだろうとは思ったわ……。」
「それで火曜にちょっとお話して……今日は勝手に誘っちゃった。嫌だった?」
 これがこの女のずるいところだ。嫌じゃないのだろうとわかっていて、わざわざこういうことを聞いてくる。たまに確信犯的な行動があるから、いくら可愛いと思っても憎らしく感じる部分が消えない。これも「必ず終わることが確約された休息と安息」を与える、日曜日という存在の特性なのだろうか。見方はいろいろだ。
「ん~、別に。これで上手く懐かせれば、ちょっとはあのネチっこさも改善されるかもしれないし。」
「それは無理な相談だな。」
 いつの間に歩調を合わせていた火曜日が、一刀両断に月曜日の目論見を切り捨てる。
「はいはい、あんたがそんなに甘くないのは知ってますよ……。」
 それが月曜日の見解だったが、対して火曜日が答えた言葉は——
「そうではない。」
——何故か否定を表す内容だった。また数歩前方に進み出た火曜日は、半身だけ振り返ってみせる。

「貴様と少しでも長くいたいから、時間をかけて苛めているのだからな。」

 見せられた笑顔が飛びきり可愛くて、不覚にもドキッとしてしまったとは言え——

「そんな懐かれ方しても嬉しくないってのぉっ!!」

 さすがに全肯定は出来なかった。
 部分的にはどうなのか、と聞かれると、答えに窮するところだったが。

END