『元気の大輪が生まれた日に』(アイドルマスター・シンデレラガールズSS)

2013年4月14日
拙作(アイドルマスター)

先日予告したものではなく、初めてのモバマスSSです。

本日は常日頃から可愛がっている赤城みりあの誕生日であり、
来月にはめでたく彼女のCDがリリースされることにもなったので、
両方のお祝いを兼ねて書いてみました。

例によって必然性も無く女性Pです。
百合度合いはいつもよりちょっと薄め?

いや、いつもこんなもんな気もしないでもない……

何はともあれ、CDデビューおめでとう&ハッピーバースデイみりあ!!


アイドルマスター・シンデレラガールズSS
元気の大輪が生まれた日に

 高い機密性を有する、防音処理が施された部屋の片隅。一人の女性が、壁にほど近い位置に直立していた。年の頃は二十代前半と言ったところか。長い髪を肩口ほどで一つにまとめ、ビジネスシーン向けのパンツスーツという出で立ちは、OLというよりは営業マンに近い雰囲気である。

 女性は周囲の雑多な機械類には目もくれず、その視野を一点に集中させている。
 見つめる先には、やや小柄な一人の少女。

 長くもなく短くもない黒髪を、頭頂の両脇で短く結んだ、いわゆるツーサイドアップという髪型。瞳の大きな顔立ちもあいまって、その容姿にはあどけなさが強く残っている。少女の目前にあるマイクスタンドは、目いっぱい下げてもなお快適な高さにはならず、マイクの角度を調節してやっと丁度良い位置に収まっていた。マイクに向かって歌声をぶつけるその表情に、不安や恐れは一切見られない。

——ここでも、楽しんでるわけね。

 その少女にとっては、全てが「素敵な世界」である。この世は「楽しいこと」に満ち溢れていて、全てが輝いて見えるのだろう。その閉塞感に辟易する者だっているこの録音ブースも、恐らくは「知らない機械の並んだ秘密基地のような場所」としか思っていないはずだ。
 それを示すかのように、今日も少女は伸びやかに歌声を発している。元日に行われたライブの折には、さすがに観客の多さもあって若干の緊張も見られたものの、それでも見事に大役を果たしきってくれた。

 常に明るく素直で、時には騒がしいぐらいで、いつも笑顔を絶やさない、皆に元気を与えることを運命付けられたかのような少女。しかし本当は、毛並みの柔らかい動物やカラフルなデザインの服など、「カワイイもの」をこよなく愛する、11歳の普通の女の子。

 少女の名は赤城みりあ。駆け出しのアイドルだ。

 そして、みりあを遠目から見守るこの女性が、彼女のプロデューサーである。

 
「よぉーっし、オッケー。おつかれさん!」
 気さくそうな中年男性の声で、プロデューサーの意識が思考の海から浮かび上がる。
「はーい☆ありがとうございましたっ♪」
 見れば、みりあがスタッフたちにお辞儀をして回っていた。が、それも束の間のこと、すぐにこちらへ小走りに駆け寄ってくる。
「終わったよ、プロデューサー!」
 人目もはばからずに、思い切り抱きついてくるみりあ。女性にしてはやや大柄なプロデューサーとは、身長差が25cmほどあるため、ちょうど胸元あたりにみりあの顔がうずくまる形になる。当のみりあは細かいことを一切気にしない子なので微動だにしないが、残念ながらこちらは細かいことを気にしなければいけない立場である。
「はい、おつかれさま。」
 もちろん、無理に力を込めて引き剥がしたりはしない。このやり取りは今に始まったことでは無いので、両肩に軽く手を置けば自然と離れてくれるのだ。
「ねぇねぇ、どうだった私? 上手に歌えてた?」
 みりあは期待に満ちた上目遣いで、プロデューサーの顔を覗き込んでくる。ついつい甘やかしたくなってしまう可愛い仕草だが、今回は幸いにも甘やかすという切り口を使う必要すらない。完全な新曲にも関わらず、みりあは非常に上手く歌いこなしていた。
「ええ、すごく上手だったわ。聞き惚れてしまうぐらい。」
 頭を優しく撫でてやると、目を細めてますます表情を緩めるみりあ。彼女にとっては、この「なでなで」が最も嬉しいご褒美らしい。犬のような尻尾が生えていたら、間違いなくパタパタと振っているだろう。

「相変わらず仲が良いねぇ。まるで姉妹だね。」

 先ほどOKの合図を出していたディレクターの男性が、いつの間にやらすぐ近くに立っていた。見回してみると、スタッフの撤収作業がほとんど終わっている。恐らくはもう帰っても大丈夫だと告げに来たのだろう。
「姉妹だなんて、お上手ですね。さすがに無理がありますよ。」
「そりゃ自己卑下が過ぎるってもんだね。あんた歳以上に若く見えるぜ?」
「ひげ? ひげは生えてないし、プロデューサーはかわいいですよ!」
「ちょ、ちょっと、みりあちゃん!?」
 耳に入った難しい単語を勘違いしたようで、みりあが不満そうに口を挟んでくる。誰に対しても物怖じしない性質は、こういう仕事をしているとアドバンテージとなりやすいが、まさかこんなタイミングで発露するとは。
「はっはっは! そうそう、そういうことさ。お嬢ちゃんのお姉ちゃんにだって見えるよな。」
「はい、そう思います♪」
 男性はみりあと揃ってカラカラと笑っていた。どうやら見た感じのイメージに違わず大らかな人物らしい。もっとも、世の中には子供が口答えしただけで機嫌を損ねる人だっているのだから、運が良かったとも言えよう。
「もう……
 照れと安堵で俯くプロデューサーをよそに、みりあの新曲の録音は明るい雰囲気で幕を下ろしたのだった。

 
 完了の報告をしに事務所へ寄り、今日のみりあの仕事は全て完了。普段はまだまだ仕事が残っているのだが、今日だけは特別なので、上手く早めに終わるようスケジュールを調整しておいたのだ。
「送っていくわ。この時間ならまだ道路もすいてるし。」
「いいの? わーい♪」
 プロフィールシートの「趣味」の欄に「おしゃべり」と書くほど雑談を好むみりあにとってみれば、移動する個室に等しい自動車内は理想的な空間なのだろう。車で送ってあげると、毎度非常に機嫌が良い。渋滞すらもおしゃべりの時間を延長する好材料と捉えているようだ。もっとも、今日は渋滞で自宅への到着を遅らせるわけにはいかないのだが。

 鍵が開いたのを確認するや否や、みりあは鼻歌交じりに助手席へ滑り込んだ。スペースがゆったりしていて疲れにくい後部座席を初めは勧めたのだが、どうも大人の気分を味わいたいようで、空いている限りは必ず助手席に座っている。
「ちゃんとシートベルトした?」
「うん♪」
 みりあのベルト着用を確認しつつ運転席に乗り込んだプロデューサーは、鍵を回す前に後部座席へと手を伸ばす。気まぐれでみりあが後部座席を選ばなくて良かったと内心ほっとしつつ。
「それじゃ、先にこれ。」
「え?」
 プロデューサーがみりあに差し出したのは、鮮やかな水玉柄の包み紙にくるまれた小さな箱。ささやかだが、リボンで装飾もされている。
「ハッピーバースデー。」

 そう、今日はみりあの誕生日なのだ。仕事を早く切り上げるよう調節したのは、家族との誕生日パーティをふいにするハプニングを絶つための予防措置だった。

「わぁ♪ ありがとうプロデューサー! 開けていい?」
「ええ、もちろんよ。気に入ってくれると良いんだけど。」
 みりあが丁寧に包み紙を開いていくと、中から現れたのは一対の髪留めだった。鮮やかな黄色の大きな花をあしらった造詣が施されており、身に着けるとちょうど花が開いた形になる。

 大輪の花はその可憐さと生命力溢れる姿で皆に活力を与える象徴。まさに、みりあのイメージにぴったりのモチーフだった。たまたま町で見かけて、直感のままに選んでしまったのだが、さて、当のみりあが気に入ってくれるかどうか——

「みりあ……ちゃん?」

 みりあは髪留めに目を落としたまま、微動だにしていなかった。もしかしてピンと来なかったのでは——一抹の不安がプロデューサーの脳裏を掠めた直後、みりあの顔がみるみる紅潮していき、勢い良くプロデューサーの方へ顔を向ける。
「プロデューサー!! 私これ宝物にする!! ずっと!! 一生!!」
「そう……良かったわ。」
 落ち着いた笑顔で答えて見せたものの、実際にはここまで喜んでもらえるとは夢にも思わなかったので、思わず自らの頬に手が伸びかけていた。もちろん、そんな格好悪いところは見せられるはずもない。みりあは言いたいことを告げ終わると、目を輝かせたまま再び髪留めに見入っていた。

 
 程なくしていつも通りのみりあに戻り、しばらくは他愛も無い雑談が続いていた。話題は何度も流動的に切り替わり、みりあの楽しそうな笑い声は絶えなかった。箸が転んでもおかしい年頃、と言うにはまだ早いが、みりあは何にでも楽しさを見出し、明るい感情を隠そうとはしない。

 それが幼さゆえの浅慮だと思われる節もあるのだが、もちろん彼女だって、何も考えていないわけではない。常に楽しもうとするからこそ、真剣でもあるのだ。

 何度も車で通っている道のりなので、お互いに残り時間の感覚は熟知している。目的地まであと少し、話題が途切れた信号待ち。わずかな沈黙の時を破ったのは、普段とは違う、みりあの静かな声だった。
……プロデューサー。私がCD出しても、変じゃない?」
「どうしたの、いきなり?」
 言葉ではそう言ったものの、仕事の話を口にするのだろうとは予測は付いていた。みりあは真面目な話をする時には、時間をかけてテンションを抑制する。
「美波さんはいつもすごく色っぽいし、茜さんはいつもすごく燃えてるし、」
 唐突に挙げられたのは、みりあと同時にCDデビューを果たす同期のアイドルたちの名前。
「幸子さんはいつも自信たっぷりだし、」
 他者の長所を述べていく表情は決して暗いものではなく、むしろ優しげな笑みすら浮かべている。それは劣等感ともまた違う、自らに無いものを持つ者への憧憬。全てをありのままに受け入れるみりあは、自分より優れた者を都合の良いように黙殺することを知らない。
「菜々さんは宇宙人さんだし、」
 それはアドバンテージと言い切れないのだが、もしかすると無意識に、あの強烈なキャラクターが武器になっていると感付いているのだろうか。

 彼女たちはいずれもみりあを上回る人気を持ち、その実力の高さも認められている、いわば第一線で活躍する大物ばかりだ。みりあだって確固とした規模のファンを獲得してはいるのだが、広く名を知られているあの4人と比べると、確かに知名度という点で不利がある。

「私の元気で、みんなと同じぐらい頑張れるかな? CD聴いてくれる人に、元気をあげられるかな?」

 彼女らのレベルの高さを素直に認められるからこそ、プレッシャーにもなるのだろう。同じ舞台に自分が並んで、同じだけのパフォーマンスを発揮できるのか、と。
「大丈夫よ、心配いらないわ。」
 だからこそ、即答してあげないといけない。誰よりも近くで、誰よりも長く、アイドルとしてのみりあを見守ってきたのだから。
「みりあちゃんの元気は誰にも負けない。みりあちゃんは誰よりもかわいい。」
「プロデューサー……ほんとに?」
「ええ、本当よ。」
 車を止め、頭を撫でてあげると、みりあはまた嬉しそうに目を細めた。どことなく見え隠れしていた表情の強張りが、瞬く間に消えていく。
「えへへ……プロデューサーに言われるとすっごいうれしいな……!」
 やはりみりあは喜んでいる顔が最も可愛らしい。明るい感情がこの子には合っている。その底なしの明るさが、ファンに元気を与えているのだ。ファンが元気になればみりあも元気になる。そうしてみりあはもっと可愛くなっていく。
「ありがとう、プロデューサー♪」

 笑顔が可愛い子から満面の笑顔で礼を告げられると、さすがに恥ずかしくて直視しづらい。プロデューサーは運転に戻るふりをして、視界を微妙に逸らす。
「だって本当のことだもの……みりあちゃんがあと5年早く生まれてたら、きっとこんなこと面と向かって言えないけどね。」

 照れ隠しは正常な判断力を失わせる。そして往々にして、人間はそのことをすぐに失念する。

「え?」
 みりあの発した疑問の声に、プロデューサーは自らの失策を悟る。いま自分は無意識に何を口走ったのか。
「ねーねー、どういうこと?」
 本当に意味を理解していないと見えるみりあが、すかさず質問責めを開始する。これは適当にはぐらかしても無駄なパターンである。ここは大人の貫禄を見せる場面。淡々と説明して見せれば良いのだ。
「つ、つまりね、みりあちゃんがあと5年早く生まれてるってことは、今もう16歳になってるってことだから」
「うんうん。」
「16歳のみりあちゃんはきっともっともっと可愛くなってるから」
「えへへ、そうかなー?」
「そうしたらきっとこんなこと、恥ずかしくて言えないだろうなって……はい、着いたわよ。」
 これこそ渡りに船か、ちょうどみりあの家の近辺へ辿り着いた。いつも車から降りてもらうポイントに着くや否や、話を切り上げて車のエンジンを切る。これでみりあが車を降りれば、この失態もなかったことに——
「じーっ………………
——してはくれないらしい。わざわざ効果音を声に出しながら、みりあはプロデューサーの顔をじっと見つめている。シートベルトはちゃっかり外していて、運転中よりもじりじり距離を詰めてきている。

 目を合わせているうちに顔が熱くなるのが自覚できたが、視線が強すぎて目を逸らすことも出来ない。大の大人が一回りほども年下の少女に見つめられて赤面を強いられるという情けない状況に、ますます紅潮が止まらなくなってしまう。
 しばらく視線を合わせた後に、にこりと笑顔に戻ったみりあは、シフトレバーを乗り越える勢いで思い切り抱きついてきた。エンジンを切っておいて大正解である。
「やっぱりプロデューサーかわいい!! 大好きっ☆」
 変な歓声を漏らしそうになるのと、衝動的にみりあの身体に腕を回しそうになるのと、更に強烈な感情の爆発と、それら全てを抑えるのに必要な精神力は尋常ではなかった。正直なところ、かなりギリギリだった。ここが外界から視界の繋がっている車内ではなく、会議室などの個室であったら、きっとアウトだっただろう。何がどうアウトになるかはプロデューサー自身もよくわかっていないが、とにかくアウト。
……ありがと。」
 何はともあれ、みりあにとって最大級の賛辞であろう「可愛い」という評価は光栄だし、大好きと言われて悪い気がするはずもない。口をついて出たのは、間違いなくプロデューサーの本心からの謝意だった。
「さ、早く行かないと。ご家族が待ってるんでしょう?」
 いつも通り、みりあの両肩に軽く手を置く。そしていつも通り、みりあは自分から体を離す。
「プレゼントありがとうねプロデューサー! 大事にするから!」
「ええ。」
 ドアを開けながらそれでも言葉が切れない、いつも通りの流れ。
「おつかれさまでしたっ☆」
 降車してドアを閉める前に、満面の笑顔での別れの挨拶。これもいつも通り。
「ええ、おつかれさま。」
 みりあの姿が見えなくなるまで見送ってから、プロデューサーはエンジンを再びかける。これもやはりいつも通り。

 全てがいつも通りのはずなのに、何だろう、この名残惜しさは。

 車通りの少ない道路なので、発進が多少遅れても迷惑にはならないだろう。おもむろに携帯電話を取り出し、事務所の電話番号を呼び出す。
……あ、お疲れ様です。ちひろさん、今日って何か急ぎの書類ありましたっけ私?」
 電話に出たのは働き者の内勤スタッフ。販促品の販売から福利厚生、イベントの手配まで幅広くこなす、八面六臂の何でも屋だ。
……はい、はい、あ、そうですか。じゃあ直帰でも大丈夫ですかね? ちょっと道路が混んじゃってて……これから帰ってもあまり長居は出来なさそうで。明日早めに入りますので。ええ、すいませんね……お疲れ様です。」
 幹線道路が混んでいるかどうか、言うまでも無くこの時点では予測不可能である。それでも、可能であれば今日はこのまま帰りたかった。

 仕事が手に付かないのが、目に見えていたからである。

 未だに精神状態が完全には落ち着いていない。運転には支障はないだろうが、細かい書類処理はきっとミスを多発する。
「まったく……口を滑らすにも程があるわ……
 車内に他に誰もいないのを良いことに、プロデューサーは独り言のボリュームを上げる。まるで自分に言い聞かせるように。
……それで、言った本人が慌ててるんじゃ世話ないわよね。」
 

 咄嗟にあんなことを語っては見せたものの、本当は既に強く惹かれているのだ。
 赤城みりあという女の子に。

 でも今はまだ彼女が子供だから、自分に対して言い訳が出来る。

 子供相手に本気になってどうすんの、と。
 もう5年ぐらい早く生まれてたらわからなかったけど、と。

 だったら、5年経った後にまだ彼女の側にいたら、もっと積極的になれるのだろうか?
 成長した彼女の魅力の前に、正気ではいられなくなってしまうのだろうか?

 そんなのは、その時になってみなければわからない。
 いま考えても仕方あるまい。
 

 ただ、一つだけ確かに言えることがあった。

 こうやって、みりあが予想以上に目覚しい成長を遂げて、ますます可愛くなり続けている現状では——
 

「きっと……5年も我慢できないわ……。」