『桜の罪』(東方Project SS)

2012年1月1日
拙作(東方Project)

花見の季節に合わせようとして書いていたものの、
もたもたしていたらちょっと間に合わなかった桜ネタ orz
おまけに風雅な感じを出そうとして撃沈した気配 o…rz


東方Project SS
桜の罪

 白玉楼の庭は今日も桜が満開。桜並木が鮮やかな桜色の帯となって、長い階段を彩っていた。
「はぁ……
 その華やかな光景に心も晴れそうなものであるが、彼女——白玉楼の庭師、魂魄妖夢は溜息を漏らしてしまう。桜が散らないということは、花見が終わらないということ。それが顕界の博麗神社で行われるならまだしも、ここ白玉楼で行われた場合にはただでも忙しい彼女の責務が更に山積みとなってしまう。
 巫女と魔女、そしてメイドが春を取り戻しに来たあの事変以降、桜の季節に白玉楼で宴会をする機会がたびたびあった。それも参加者の半数以上が死人じゃないというのだからタチが悪い。
「どいつもこいつも、片付けぐらいしなさいよ……
 散らばった酒瓶、ばら撒かれた軽食用の皿、敷き詰められた多数の茣蓙などなど、まさに宴会が終了した直後の状態そのままである。この西行妖の根元は幽霊たちがあまり近寄らないため、幽々子さまとその客人たちにとっては絶好の花見スポットとなっている。もっとも、真上にある妖怪桜は今年も例によって満開を迎えることなく季節を終えそうなのだが。
「根詰めてやってたら嫌になりそうね……。」
 酒瓶と皿をあらかた片付けたところで、妖夢は一度手を止める。あとはまとめたゴミと茣蓙を畳んで屋敷の方へ持ち帰るだけだ。少しぐらい休憩させてもらっても罰は当たらないだろう。
「うんたらしょっと。」
 奇妙な声を上げながら、西行妖の根元に腰を下ろす妖夢。ここからだと階段沿いの並木が一望出来る。その壮麗な光景に、思わず目を細めてしまう。
「これだけの絶景じゃ、テンション上がるのも無理は無いか。」
 宴会中のあいつらの暴れぶりは凄まじかった。宴会芸と言って魔砲を放ったり大岩を投げたりとやりたい放題。どこからか紛れてきた夜雀は妙な歌を歌いだすし、それに合わせてプリズムリバーが演奏するたびに精神的におかしくなる奴は出るし、詐欺まがいのセールスやってる兎もいたし、もう滅茶苦茶である。
 もっとも、それが桜の持つ魅力であり、一種の魔性なのだろう。この美しさを肴に酒をあおっていれば、誰だって気分が弾んでは来る。それが静的に出るか動的に出るかの個人差はあれど。
……言ってしまえば、桜の罪なのかな。」
 何となく心に浮かんだ言葉を妖夢が口にしたその時。

「いいえ、桜に罪はありません。」

 気配は全く感じられなかった。突如として妖夢の脇、少し高い位置からそんな声が聞こえたのだ。平時の妖夢ならば、察知した瞬間に刀を抜いて身構えていただろう。しかし自身もまた桜の魔性に酔わされているのか、ゆっくりとそちらに視線を動かすだけに留めてしまった。
……幽々子さま?」
 そこに立っているのは妖夢の主、西行寺幽々子その人だった。しかし何だか普段と雰囲気が違う。
「桜はただそこに立ち、花を咲かせているだけ。」
 まず目に付くのが、お召し物の違い。この季節に好んで着用する桜花の柄の着物ではなく、真っ白な仏衣に身を包んでいる。愛用の帽子を被っていることもなく、その表情にはどこか憂いが秘められているようだった。
「桜に心奪われ心乱すことに、人妖の別はありません。」
 妖夢の違和感をよそに、幽々子さまは言葉を紡ぎ続ける。妖夢の方を見ることなく、咲き誇る桜を見やりながら。
「ですが、それは桜の責では無く、心乱す人妖自身の業です。」
 そこでやっと幽々子さまは妖夢の方を見て、寂しそうに微笑んでみせた。
……違いますかね?」
「いえ……仰るとおりですね。」
 いつもの幽々子さまと明らかに違う。口調が突然変わるのはたまにあることだけど、この方は常に他者を煙に巻くような物言いを好まれる。しかし今は違うのだ。妖夢の考えのどこが間違っていて、自分はどう思うのかを明確に告げ、更に同意を求めてきている。普段だったら「そういうものなのよ。」と強制終了してばかりなのに。
「いざなう桜に罪は無い……
 自らの言葉を反芻する幽々子さまは、やはりどこか物憂げだった。しばしの間、沈黙が場を支配したが、やがてそのお顔に笑みが浮かぶ。寂しそうな、どこか諦めの混じったような影のある笑顔だった。
……言い訳ですね。」
 何か言わなければ。突如、何故なのか強い衝動に突き動かされ、妖夢は声を発そうとする。しかし——
「ここまでのようです。」
 言葉が音にならない。まるでここが自らの存在出来ない世界のように。言いたいことがまだ沢山あるのに、何一つとして「この幽々子さま」に伝えることが許されない。
「良いのです……わずかでも、あなたと共に過ごせて良かった。」
 まだ、まだ終わらないで。そう願っても、魂が引き戻される。見えない強い力が、妖夢の存在を「ここ」から剥離させていく。遠く離れた西行妖の根元で、あの方が最後に結んだその言葉は——

「幽々子さまっ!!」
「なぁに?」
……あ、あれ?」
 遠く離れたはずの西行妖が、目の前に立っている。正確には、前方に西行妖の枝葉が見えている。視界の端にはいつも通りの呑気な笑顔を浮かべた幽々子さま。後頭部に何だか柔らかい感触。客観的に位置関係を分析してみる。つまり、妖夢は現在上空が前方になる向きになっており、それはつまり仰向けに横たわっているわけで、幽々子さまのお顔の位置からして自分の頭が乗っているのは——
「す、すいませんっ!?」
 いささか的外れな謝罪の言葉を叫びながら、慌てて跳ね起きる妖夢。片付けに疲れてうたた寝してただけならまだしも、まさか幽々子さまの膝枕(とは言ってもきっと幽々子さまが面白がって妖夢の頭を乗せたのだろうが)で寝こけていたとは。
「あら、もうちょっとゆっくりしていっても良かったのよ?」
 冗談なのか素なのか、含み笑いなど漏らす幽々子さま。間違いない、いつも通りの幽々子さまだ。
「あまり目を覚まさないから、人間の方が死んじゃったのかと思ったわ。」
 その仮定が正しくても大したことでも無いかのように、軽い口調でそんなことを言う。
「幽々子さま、何故ここに?」
「さくらもち。」
「へ?」
 説明する代わりに、幽々子さまは丸められた茣蓙の方へ視線を向ける。その傍らに置かれた一つの包み紙。
「ああ……それがお目当てでしたか。」
 乾き物ばかりでは芸が無いだろうと用意したのだが、宴席で甘味はあまり評判が良くなかったため、だいぶ余ってしまったのだ。
「妖夢は貧乏性だから、きっとそれを持って帰ってきてくれると思ってたんだけど……あまり遅いから取りに来たのよ。」
「貧乏性じゃありませんけど持って帰りはするつもりでした。」
 勝手に決め付けられても困る。確かに食べ物に限らず、物は大切にする方ではある。しかし、それほどケチな生き方をしているつもりは無い。
「早く帰っておやつにしましょう?」
「そうですね、私も少し小腹がすきました。」
 これだけの規模の片付けをしたのだ、幽霊の方はともかく人間の方はだいぶ疲労している。
「桜餅はあげないわよ?」
「じゃあ、おはぎは私が食べて良いんですね。」
「あなた“も”食べて良いのよ。」
……いくら死んでるからって、甘いものの食べ過ぎは体に毒ですよ?」
 軽口を交えた他愛も無い会話。これが幽々子さまと妖夢の日常。

 だったら、夢の中に出てきた幽々子さまは——あれは妖夢が作り出した幻想の姿に過ぎなかったのか。だがそれにしてはあまりにも確固たる意思を有していた気がする。

 茣蓙と食べ残しを詰めた風呂敷を担いだ妖夢は、去り際に改めて西行妖を見やる。例年通り中途半端に開花している妖怪桜。いったいいつから、何のためにここに存在しているのか。
「妖夢~? 置いてっちゃうから桜餅ちょうだい~。」
「いや、今行きますから。て言うか、私がいなくても桜餅があれば良いんですか……
「あら桜餅に焼き餅? でもあれ以上焼いたら美味しく無いわ。」
「はいはい……
 呑気な会話をしているうち、小難しい思索が自然に止まる。いろいろなことが浮かんでは消えていたのだが、結局は「あの幽々子さま」が最後に妖夢に伝えた言葉だけが残ったのだった。

——「『私』をどうか、よろしくお願いしますね。」