※脳内で(或いは実際に)『迷走Mind』を1コーラスほど再生してください。
仮面ダンサー菊地真は改造アイドルである。
彼女を改造したルッカーは、Vi流行1位の永久固定を企む悪の秘密結社である。
仮面ダンサーはVi持ち歌に恵まれないアイドルの自由のために、ルッカーと闘うのだ!
第6話 『ポジティブ教の野望』
この国では「信教の自由」というものが法律で保障されている。大雑把に言えば、どんな宗教を信じようと、逆に一切の宗教を信じまいと、全ては個々人の自由だという内容の権利である。諸外国の中には国民が信じる宗教を制限されている国家もあり、その制約を破れば厳罰が下される場合もあると言う。そう考えると、この国は少なくとも「信教」と言う観点では、恵まれていると言って差し支え無いだろう。最も、無神論を強く信じすぎて倫理崩壊を起こす者や、逆に信教の自由を逆手に取って無法なカルト宗教を興す者など、問題が無いわけでは決して無いのだが。
「……どっちにしろ、これは大問題よねぇ。」
web百科事典と雑学本から得た知識の総まとめを脳裏に浮かべながら、律子は一人呟いた。その視線の先には、大手新聞の社会面。しかし彼女の興味は、紙面の半分ほどを使って大きく書かれた詐欺事件の特集には向けられていない。隅っこの方に小さく書かれたコラムこそが、彼女に溜息を吐かせる原因だった。
「まったく……みんなが遅れてなかったら見逃してたわね、これ。」
先日、ルッカーに拉致されて改造手術まで施されてしまった律子だったが、その原因となった「発見」についての報告を皆にするため、召集をかけていたのである。しかし社長は急に入った営業関係の会議でお得意先へ直行、小鳥は電車の遅延で出社が遅れており、雪歩は出先から車で来ようとしたら渋滞に巻き込まれこれまた足止め、真に至っては寝坊と来た。間が悪いにも程がある。
「逆に感謝しなきゃいけないなんてね……。」
怪我の功名とは言ったもの。暇潰しにとロビーから借りてきた新聞を読んでいて、偶然その記事を見つけることが出来たのだ。発見がもう数日遅れていたら、取り返しのつかないことになっていたに違いない。
『現代の勤勉すぎる社会に一石を投じる? お気楽カルト宗教』
このタイトルだけでは、まさか自分たちに関係する記事だとは想像も付かない。暇潰しで無かったら、読み飛ばしていたのは間違いないだろう。もう一度読み返してみようと、律子が新聞に目を落としたその直後
――
「ごめん遅れたっ!!」
ノックもせずに会議室の扉を開き飛び込んで来たのは、予想では大穴の真だった。
「……って、あれ?」
とっくに全員揃っていると思っていたのだろう、真は空席だらけの室内を見回して目を白黒させていた。
「……ふむ。」
これはちょうど良かった。恐らく他のメンバーはまだ到着に時間がかかるだろう。
「悪いけど真、ちょっと留守番しててもらえるかしら?」
「え? え?」
困惑する真をよそに、律子は足早に会議室を後にする。遠くの大事より近くの小事、不確定な仮説をまとめることなど後回しで構わない。今は情報を集めるのが先決だ。ルッカーが絡んでいるのは十中八九間違いないのだから
――
ルッカー本部内の一角、幹部会議室。この閑散ぶりにもだいぶ慣れてきた歌い師であったが、気まぐれな首領のことだ、そろそろリフォームをするとか言い出しかねない。
「……そろそろ頃合かしらね。」
ほら言い出した。しかし資金がまだまだ潤沢とは言え、あまり無駄遣いをするのも見過ごせない。組織のためもあるが、何より首領の人間形成によろしくない。
「秘密結社の首領に人間形成も何も無くない?」
内心の考えに将軍がツッコミを入れて来たが黙殺。あまり豪放な散財は見ていてあまり気分の良いものでもないのだ。
「ちょっと首領さん。」
「何よ歌い師?」
「あなたね、もう少し収入と支出のバランスを考えるべきだわ。」
「はぁ? 消費者金融じゃあるまいし、いきなり何言い出すのよ。」
自分がどれだけの散財をしようとしているのかの自覚が全く無い。やはり人間性に問題があるのだ。ここで矯正してあげなければ、この先どこで苦労するかわからない。
「ねぇねぇ、この先ってどの先なのかな〜とか?」
またも将軍のツッコミをスルー。歌い師だってルッカーが潰えるとは思っていないが、いつどこで方向転換して外部とのコミュニケーションが必要になるかもしれないではないか。
「……あんたが何心配してんのか知らないけど、とりあえず収入と支出のバランスは取れてるわよ?」
首領のシルエットの腕にあたる部分が少し動くと、ディスプレーに一つの表が映された。各行には日付や数字の他に、平仮名の多い書き込みが入ったマスが存在している。
「これは……おこづかい帳?」
「ウチの結社の会計簿よ。」
「うそ……?」
汚いというわけではないが非常に幼さの残る拙い筆跡、平仮名だらけの摘要欄、さらに花丸や星マークなどが書き込まれたりしているが、よくよく見れば確かにそれは会計簿だった。
「大佐に財布の紐預けてるのよ。あの子、やりくり上手だから。」
確かに彼女の日常生活の事情を考えると、あれほどシビアな金銭管理を強いられる境遇にある人間もなかなかいない。そのシビアさを組織の運営に活かしてもらっているわけか。
「でも大佐さん、6桁の金額を見ると平静を失うんじゃ……」
そして7桁を超えると意識が飛ぶ。
「大丈夫よ、単位を伏せてデータ渡してるから。」
そう言われて改めて見てみると、確かに金額欄の数字自体は小さい。しかし適用から考えるに、単位が「万円」程度では済まなそうだ。少し高めの小遣い帳程度の感覚で大佐は記録をまとめているのだろうが、真実を知ったらきっと卒倒するに違いない。
「……って、そういう問題じゃなくて……」
『スタジオ……じゃなかった、本部の首領ちゃ〜ん?』
歌い師がさらにツッコもうとした矢先に、部屋中に備えられたスピーカーから脳天気な呼びかけが聞こえる。5.1chの舌っ足らずは他所ではなかなか聞けないだろう。
「だいたい予想通りの時間ね……聞こえてるわよ。」
呼ばれた首領の方はこれを予測済みだったらしい。返答しながらディスプレーに軽く手を振ってみせる。テレビ電話ではないのだから特に意味はないが、そうやりたくなる気持ちはわからないでもない。
『こちらただいまポジティブ教総本山から生中継で〜す。』
大佐の言葉を合図に、カメラのピントが彼女の後方に合わせられる。そこには百を超える人数が、まるで学校の朝礼のようにきちんと整列して並んでおり、壇上にいる人物に注目していた。
「……ポジティブ教……あれが例の。」
作戦だけは聞かされていたが、まさかこれほどの集客力を発揮するなどとは思いもしなかった。博士たちは思いつきとノリで作戦を発案するので、だいたいは失敗に終わる。今回もご他聞に漏れずそうなりそうな作戦内容だったのだが、この世の中はよほど疲れているらしい。子供がノリで考えたカルト宗教にここまでハマり込む人間が現れようとは。
「もっとも、抱え込んだ後は集団催眠装置で補強してるらしいけどね〜。」
心中の考察に補足を入れてくる将軍。
「あの子たちにしては随分と念入りね。」
さすがに3回目ともなるといい加減慣れてきた。歌い師は特に何も抗議することなくそのまま会話を進める。
「いいかげん舞踏王子に邪魔され続けてるからね〜。『ちに神博士が本気を出してきた』って感じじゃない?」
いかにお気楽極楽なあの二人でも、やはり負け続けは面白くないということか。やかましさはワールドクラスだが、潜在能力もまたワールドクラスと目されている彼女たちの「本気」。舞踏王子が高い戦闘能力を誇っていようとも、そう易々とは打ち破れないはずである。
「でも、そもそも邪魔しに来るかも怪しいかしら……?」
「いや、来るでしょ。律子もあっちに戻ったし、きっとまた嗅ぎ付けて来るわ。」
歌い師がどのような思索の上でその言葉を発したのか知ってか知らずか、首領は何故か機嫌の良さそうな明るい声色で答えを返す。
「何か楽しそうだね、首領?」
自身も楽しそうなのは棚に上げて、将軍が間髪入れずに疑問を発する。
「そりゃそうよ。舞踏王子がいくら強くたって、今回は絶対勝てないもの。」
「絶対」とは大きく出たものだ。そう思った歌い師だったが、首領の見積もりが自分の見積もりと同じなら、その強気な発言にも納得は行く。
「そうね……菊地真を舞踏王子に改造したのは彼女たち……」
つまり
――
「……造物主に勝てる道理はない、ってことね。」
律子が調べ物を終えて会議室に戻ってきたのと、社長が会議室にやっと現れたのはほぼ同時だった。情報集めに夢中になって帰還が遅れてしまったのだが、最初に事務所に来てた自分が会議室にビリで入っては世話が無い。
「皆さんお揃いみたいね。それじゃ始めましょうか。」
そのまま椅子には座らずにホワイトボードの前へ歩みを進める。プリントアウトしてきた資料はとりあえず手近な卓上に置き、あらかじめ用意していた資料をプロジェクターにセットする。
「律子さん、話したいことって……」
「一つずつお話ししますよ、小鳥さん。」
律子と共に情報分析に当たっている小鳥としては、新たな情報は一分一秒でも早く得ておきたいのだろう。しかし慌てても仕方ない。現在抱えている問題は、そう簡単には結論が出なさそうだから。
「とりあえず、これを見てもらえるかしら?」
プロジェクターに1枚の写真が映し出される。軍帽に軍服、クマバーガーの描かれた眼帯を身に着けたその姿は、一目でも目撃した人間なら忘れようが無い。
「ゾれぅ大佐だね。」
「そう、ルッカーの大幹部ゾれぅ大佐よね。」
「え、ちょっと真ちゃん、その子……」
「ごめんなさい小鳥さん、少し聞いててもらっていいですか?」
何か口を挟みかけた小鳥を律子が丁寧に制した。何か考えがあるのだろうと納得したのか、小鳥は頷いて口を噤む。
「……じゃあ次はこれ。」
律子がコンソールを操作すると、プロジェクターには別の写真が映し出される。
「これも……ゾれぅ大佐?」
違う点と言ったら軍帽も軍服も眼帯も無いという点。襟がよれよれに伸びたトレーナーを着ているが、それ以外はやはりどこからどう見てもゾれぅ大佐その人だ。
「し、私服の写真なんかよく見つけましたね?」
感心してみせた雪歩だったが、律子の表情が晴れないのを見て続く言葉を失う。
「……どこで見つけたと思う?」
「え……」
「実はね、これは書類の一部分なのよ。全体を映すと……こうなるの。」
次に映された映像に、真と雪歩は揃って息を呑んだ。この事務所に所属しているアイドルなら誰もが一度は目にしているはずのそれは
――
「これってプロフィールシート……どうして……?」
765プロに所属するアイドルが使う経歴書、そこにゾれぅ大佐の写真が載せられている。
「もちろんコラージュなんかじゃないわ。正真正銘、ウチの事務所の書類棚から出てきた本物の経歴書。」
あまりにも突拍子も無い出来事に呆然としていた真だったが、同時に、何故なのか頭の奥の方に奇妙な感覚を覚えていた。隣りの雪歩の顔を見てみると、どうも真と同じような状態らしい。額に手を当てたり、顎に手を添えて考え込んだりした後、ついには頭を抱え込んでしまった。二人それぞれに思考の速度と道筋は違っていたが、結論はほぼ同時。
「やよいっ!?」「やよいちゃんだ……」
同じ名前を口にし、真と雪歩はハッとしたように目を合わせる。
「……やっぱりこうなったか。」
律子はこの現象を予測済みだったらしい。しかし予測が当たったというのに、ますますもってその表情は険しくなっていた。
「この子が誰か、もう説明しなくてもわかるわね?」
「やよいだよね……でもどうして……」
高槻やよい
――765プロに所属するアイドルで、言うなれば真や律子や雪歩の仲間である。それが何故ルッカーに加担しているのか。
「ルッカーにやよいがいること自体はそれほど難しい問題じゃないのよ……問題であることに変わりはないけど。」
「そっか……もしかしたら私や律子さんみたいに……」
拉致されて洗脳されたという線は濃厚だ。或いは人の良いやよいのことだから、何か嘘の事情に騙されて利用されているだけという可能性もある。あの手の秘密結社は、それっぽい大仰な大義名分を掲げるのが得意だから。
「むしろ問題はね、」
それは、今となってはこの場にいる全員が持っているであろう共通の疑問。
「あの子がやよいであることに、どうしてあなたたちが気付かなかったか……いいえ、」
正確にはそうではないのだ。それは当事者である自分たちが一番わかっている。
「何故やよいという存在を忘れていたのか、ってことなのよ。」
ゾれぅ大佐がどこからどう見てもやよいであるのに、彼女と対峙した真も、そしてたった今、彼女の写真を見た雪歩も、そのことに気付きもしなかった。もちろん、「どこかで見たことある気がする」程度の認識はあった。しかしそれは街中ですれ違った通行人に抱く程度の認識であり、まさか自分と同じ事務所に所属する仲間だとは思いもしなかった。何しろ「気付かなかった」のではなく、ゾれぅ大佐にそっくりな高槻やよいという存在が「記憶から抜け落ちていた」のだ。完全に記憶から消えていたならまだしも、思い出した今となっては忘れていたという事実自体が信じられない。
「どういうことなのかしら……?」
むしろ狐に摘まれた気分なのは、社長と小鳥の方だろう。二人にしてみれば、あのゾれぅ大佐はどこからどう見てもやよいだったのだから、むしろ自分たちよりもやよいに近しい真と雪歩が気付かなかったのは、不思議で仕方ないはずだ。
「私が彼女……ゾれぅ大佐を見た時は、気付かなくても仕方なかったのよ。距離があったし、帽子と眼帯っていう『変装』もしてたわけだしね。」
「でもボクは至近距離で見たのに……」
「そこよ。それで気が付いたんだけど……」
律子は一度話を切り、真と雪歩をしばらく交互に見つめてから、続く言葉を発する。
「……あなたたちの共通点って、わかる?」
この場合の「共通点」が、同じ765プロのアイドルであるとか本業が高校生であるとかそういう一般的な事象を指しているのではないことは明らかだ。ルッカーに関わる範囲において、真と雪歩に共通する要素と言えば
――
「改造手術……!」
「ご明察。更に言うなら……洗脳手術よ。」
「洗脳ですかぁ……私は殆ど覚えてないんですけど……」
雪歩は真と戦っていたときのことを全く覚えていない。それだけ強力な洗脳をほどこされていたのだろう。それはすなわち、洗脳前と洗脳解除後の差異を全く認識出来ていない、ということに繋がる。
「真は完全に洗脳される前に脱出してきたらしいけど、たぶんある程度は記憶を操作されたと思うの。あくまで仮説だけど、ね。」
「記憶を?」
「ええ……そう考えるとしっくり来るのよ、いろいろと。」
口では仮説と言うに留まっているが、律子の中では恐らくそれでほぼ確定なのだろう。その表情に不安や迷いは感じられない。
「奇妙だとは思わない? 私たちぐらいのレベルのアイドルは他の事務所にだっていくらだっているのに、何故かルッカーは集中的に765プロのアイドルを狙ってくる……」
「あ……。」
「そしてその裏で、765プロのアイドルがいる事実を記憶から消そうと試みている……765プロのアイドルに対してね。」
聞けば聞くほど奇妙な話だ。これでは765プロの中だけで話が完結してしまうではないか。
「理由はまだはっきりわからないけど……ルッカーは765プロのアイドルに異常な執着を持っている、それは確かだと思うわ。」
周囲を見回してみれば、皆が口を噤んで苦々しい表情を浮かべている。恐らくは真と同じ結論にたどり着いたのだろう。
「やよいとゾれぅ大佐の秘密に気付いた夜、私はあいつらに拉致された。私が気付いたことをどうやって知ったのかはわからないけど、口封じのために洗脳しようとしたのは間違いないでしょうね。」
もっとも作戦上の都合だったのか、幸いにも律子に施された洗脳は比較的軽微だった。律子を仲間に引き込んだ時点で、勝ったも同然だと思っていたのだろう。結果として律子は洗脳前の記憶をしっかり維持したまま自分を取り戻し、こうして新たな情報を提供するに至ったわけである。
「とりあえず、相手方に私たちの仲間がいるってことだけ言っておきたかったの。いずれ助けてあげたいけど、現状では戦わなきゃいけない相手だから……」
「敵は手強いぞ、ってことかぁ……」
その真の一言が、現在において最も重要な結論だった。
「もしかして、やよいちゃん以外にも……?」
「いるでしょうね。」
不安そうに呟いた雪歩に、律子は肯定の意を示す。無駄に不安を膨らませても仕方ないのかもしれないが、高確率で発生し得る事象をわざわざ隠すのもそれはそれで問題だろう。
「ところで律子君、他にも議題があるのではなかったのかね?」
「ええ、ちょうど今出た話にも関係ある話題です……今度はこちらを見ていただけますか?」
皆が注目する中、スクリーンに映し出されたのは数点の新聞記事のスクラップ。いずれもここ数日の記事の切抜きだ。
「ポジティブ教……?」
全ての記事に共通して書かれている単語がそれだった。
「おお、最近芸能関係者の間で話題になってるアレか。」
社長は職業柄、存在を既に知っているようだった。しかし他の面々は鳩が豆鉄砲を食らったかのように唖然としている。彼女たちが一様に注目しているのは、その教義の内容。
『歌詞忘れても仕方ない! まぁそんなときもあるさ明日は違うさ! 転んでも仕方ない! ノリだけで進めよ行けばわかるのSA!(>∀<)ノシ』
「教義と呼べるほどの立派な代物かは疑問だけど……」
律子は溜め息混じりに言葉を続ける。
「言わんとしてることは単純明快よね。」
「ダンスもボーカルもどうでも良いからビジュアル重視で行こう……?」
答えを口にしたのは真だけだったが、その場にいる全員が理解は出来ているようだった。
「そういうこと。」
これだけ露骨にやられては、ルッカーの関与を疑うなという方が無茶である。
「ど、どうしましょう……? 何か怖い人がたくさんいそうですよぉ……」
雪歩はおどおどと挙手して発言するが、すぐにふるふると震えて身を引いてしまう。何とかしないと良くないとは思いつつも、恐怖心が先立ってしまうようだ。
「もちろん指をくわえて見ているつもりは無いわ。今回は情報のキャッチも早かったしね。だいたい……」
律子はプロジェクターの操作を続け、新たな映像を映し出す。それは真には見覚えのある二人の人物の写真。
「ちに神博士……?」
「こいつらを放っておいたら絶対ロクなことにならないもの……」
直後に切り替わった画像は、あの派手なサングラスを外した二人の写真。
「……あ……あ、ああああああああっ!?」
程無くして、真は悲鳴にも似た叫び声を上げる。雪歩は逆に絶句して固まってしまっているようだが、実際の精神状態はほぼ同じと言って良いだろう。
何故、気付かなかったのか。
ほぼ同じ姿の二人組であの怪文書、そして強烈な悪ノリ。
世界中探しても、あれ以上お騒がせな存在は見つからないかもしれないというのに。
それほどまでに、この洗脳手術は強力だったということか
――
「経過は例によって不明だけど、こいつらがとんでもない科学力を得てしまったことだけは確かなのよ……」
猫に小判どころの話では無い。むしろ何とかに刃物というレベルだ。思想犯と愉快犯、同等の力を有しているならば、後者の方が遥かにタチが悪い。存在そのものが確信犯で愉快犯とすら言えるあの二人を放っておけば、世界の危機に直結しかねない。面白半分に宇宙の法則を乱れさせたりする可能性すら有り得るのだ。
これだけ話題になっているのだから、彼女たちの本拠地は容易に判明するだろう。目的地がわかれば、取るべき行動は一つしか無い。
「ポジティブ教に乗り込もう……あの双子を取っ捕まえないと!!」
古来より「虎穴に入らずんば虎子を得ず」という言葉が伝えられているが、親虎に見つかってしまえば一巻の終わりだ。過剰なまでの警戒心を持って挑まぬ限りは、敵の懐になど入るものでは無い。そう言う意味では、「石橋を叩いて渡る」という心持ちは重要だろう。それをきっちりと実行する自信が無いのなら、「君子危うきに近寄らず」の精神に基づき、しっかりと状況を見極めなければならない。
様々な格言が次々と真の脳裏に思い浮かんで来るが、やはり現在の状況を最も端的に表す言葉は一つしか考えられなかった。
後悔先に立たず、である。
周囲を壁に囲まれた15メートル四方ほどの広間の中心で、真はここに至る経緯を思い出していた。それぐらいしかやることが無いのである。理由は明快、この部屋と外を結ぶ唯一の接点である正面の大扉には、鍵がかけられてしまっているのだ。
「勇み足……だったよなぁ。」
ちに神博士の暴走を食い止めようと、律子が調べ上げたポジティブ教総本山に辿り着いたまでは良かった。正面から堂々と乗り込もうとしたところ、関係者以外は立ち入り禁止と言われてしまったのだ。ポジティブ教の事務員たちはルッカーと直接の関係が無いのか、真を見ても特に身構える気配が無く、それゆえに実力行使に出にくくなってしまった。入信の手続きを取って信者証とやらをもらえば中にすんなり入れるらしいのだが、家電量販店のポイントカードのように今すぐ発行はしてくれないとのことで、結局は一旦出直さなければならない流れになってしまった。
「あそこで戻っておけば良かったかぁ……」
あの時の電話でのやり取りは、今でも鮮明に思い出せる。
「……ってわけなんだけど、どうしよう?」
『仕方ないわね……一度戻ってきて。』
電話口で律子はパソコンを操作しているようだった。真が出て行ってからも情報収集を続けているらしい。
『どうもね、セキュリティが厳重みたいなのよ。どこの馬の骨ともわからない奴が中を自由に歩き回るのは到底無理っぽいわ。』
「でもあまり手をこまねいてはいられないよ?」
『それはそうだけど、無策で飛び込むのは無茶でしょ。小鳥さんにも出掛けに言われたじゃない。』
確かに小鳥から注意はされていた。「相手の懐に飛び込むのだから、深追いは絶対にしてはならない」と。
「うん……」
どちらにしろ、今のところは中に入ることは出来ないのだ。ここは諦めて
――
『いいわね、すぐに戻ってくること。間違っても裏口から潜入しようとか考えないでね?』
――と思った瞬間、律子から思わぬ言葉が飛び出した。
「え?」
『スタッフ用の入り口とかきっとあるだろうけど、それこそハイセキュリティエリアだし危険極まりない……って……』
「そっか、裏口か。」
『……し、しまった、気付いてなかったの!?』
「ありがとう律子、ちょっと探してみる!!」
『待ちなさい真、だからそれは危険だって、聞いてるのちょっと、まこ
――』
慎重に事を運びたい律子の気持ちはよくわかる。しかし、目の前にある危機のレベルはそんな悠長なことを言っていられるほど甘くは無いのだ。悪いとは思ったが、律子が叫び続ける携帯電話の受話を遮断し、真は建物の裏口を探し始めた
――
そして今に至る
――と片付けるにはあまりに過程が飛んでいるが、要はあっさりと侵入者撃退用の罠に嵌ってここに閉じ込められたのである。
「うーん、どうやって脱出しよう……。」
窓や通気口でも見つかればまだ対処のしようもあるが、あいにく手の届く高さにそれらしきものは見当たらない。天井までは3メートルほどあり、採光用と思われる窓もその天井に近い高さに設置されているのだ。今になって改めて見上げると、よくあのような高さから落とされて怪我一つ無く済んだものである。
「やっぱりこの扉か。」
既に施錠されていることを確認した扉へ再び近付き、手をかけて押したり引いたりスライドさせたりしてみるが、やはり開く気配は無い。
「くっそー……この、出せぇぇぇぇ!!」
無駄な努力とはわかりつつ、扉を乱打する真。監禁された者の礼儀である。もちろんこの行動に意味など無いのだが、何もしないでいるよりは退屈が紛れて良いだろう。
そんな投げやりなことを考えていた矢先のことだった。
「んっふっふ〜、とんでしみいる夏のセミ〜♪」
「出せと言われて出すバカいるか〜♪」
まるで真の叫びに答えるように、背後から聞き覚えのある声が発せられる。否、答えているのだろう。どう考えてもこのタイミングを待っていたとしか思えない、そんな丁度良いタイミング。
「……今回も、探す手間が省けたってことか……」
どうも最近は敵の方から出向いてくれることが多い。それは先手を取られていると見ることも出来るが、結局は対峙しなければならないのだから、好都合であることに変わりはないだろう。そんな自己弁護交じりの現状分析を思い浮かべながら、真は声のした方へ振り返る。いつの間にやら出現した床の空洞から競り上がるリフトに乗って現れたのは、以前に山奥の採石場で顔を合わせた二人組、ちに神博士だった。
「まさか、そっちからのりこんできてくれるなんてねぇ。」
「おまけにすんなりとつかまってくれるなんてねぇ。」
心底楽しそうにケラケラと笑ってみせる二人。その動きは相変わらず面白いほどシンクロしている。
「そうだね、ボクもマヌケだったと思うよ……でも、ボクの前にわざわざ出てきた君たちもマヌケだと思うけど?」
今までは高見の見物だったが、今回は同じ高さでそれなりの近距離にいる。律子の分析によれば、彼女たちの強さは変身前の真のそれにも満たないらしい。科学力の高さは凄まじいとは言え中身は子供、直接対決なら捕まえることは容易いはずだ。
「それはどうかな〜?」
「ムシャクシャでワタシたちがここに来てるとでも〜?」
何を苛々する必要があるのかと一瞬思ったが、恐らくは「無策」と言いたいのだろう。彼女たちの言ってることを理解するためには、響きが近い言葉を探してみる必要がある。この程度なら大した難易度でも無いのだが。二人の博士は同時に息を吸い込み、大袈裟にのけぞってから声を揃えて叫んだ。
「「じゃーんじゃじゃんじゃんじゃ〜ん!!」」
奇妙な擬音に呼応するように、真と博士たちのちょうど中間あたりの床板が観音開きに落ち込み、出来上がった空洞からリフトが競り上がってきた。決して狭くはないそのリフトに乗っているのは、真が初めに倒したメカシリーズ怪人
――しかし、その数は1つでは無い。
「んっふっふ〜、すごいっしょすごいっしょ?」
「名付けて、りょーさんがたメカシリーズ怪人!!」
確かに機械製品は試作をふまえて量産をされていく場合があるが、いくらなんでも段階を飛び越えすぎだ。まさかいきなりこれだけの数を投入してくるとは。ざっと見て10体強。量産化で多少のスペックダウンはあるだろうが、一斉に襲ってくることを考えれば、前回の何倍も厄介なのは間違いないだろう。
「さすがに……余裕見せてはいられないね。」
先手必勝でいきなり袋叩きにされてはかなわない。博士たちが自慢の発明品を見せて悦に入ってる隙を逃さず、真は片手を天に掲げた。
「へん…………」
その腕を横へ一回転。大きな円を描き終わったところで、やっと二人の博士は自らの失策に気付く。
「あ、変身されちゃう!?」
「スのじょーたいでふるぼっこのつもりだったのにっ!?」
時、既に遅し。仕上げの跳躍を行った真は空中でまばゆい光に包まれ、着地した時にはその姿を完全に変えていた。
「仮面ダンサー、見参!!」
自分たちの作戦をあっさりと空振りさせられた二人の博士は、明らかな不満を顔に浮かべてわなわなと震えていた。
「ええ〜い、へたなてっぽーかずうちゃあたる!!」
「やっておしまーーーいっ!!」
下手な鉄砲に比喩された哀れな量産型怪人たちが、一斉に真に向かって襲い掛かってくる。コストダウンのためなのか会話機能は外されているようで、オリジナルのようにいちいち掛け声はかける気配は無い。
「厄介には厄介だけど……」
律子との戦いが終わってから、真はある「特訓」をしておいたのだ。
「……こっちも最初から本気でやる!!」
真のアイマスクが両サイドに開き、こめかみのあたりで固定される。極限状態で発現した、仮面ダンサーの本当の力。これをいつでも使用できるよう、コツを掴んでおいたのである。
「げ、もうマスターバージョン使いこなしてるよ?」
「これってまずくない? ちょっとまずくない?」
さすがのちに神博士もこれは予想外だったようで、狼狽を口にしながら足をバタつかせている。しかし、動き出した怪人の群れはもう止まらない。
「行くぞぉぉぉぉぉ!!」
こういう時は囲まれる前に動くのが吉だ。手近なメカシリーズ怪人へ自分から飛びかかる真。
数に物を言わせるも、機械仕掛けであることが仇となり、剥がれる塗料にまんまと惑わされる怪人たち。
そのスピードに着いて行けず、次々と致命傷を受けてアクセサリへと回帰していく。
更なる力に覚醒した仮面ダンサーとは、戦闘能力が段違いだったのである。
「じゅ、12機のメカシリーズ怪人をたったの三文でぇ……」
「こんな使い古されたネタをやらされるハメになるなんてぇ……」
所要時間も3分フラット。気付けば広間には12対のメカシリーズセットが転がっているだけとなっていた。再び対峙する仮面ダンサーとちに神博士。
「さぁ、残るは……。」
わざとらしく腕を鳴らしながら、真は博士たちの方へ足を一歩進める。
「君たちには聞きたいことが沢山あるんだ……おとなしく降参すれば何もしないから。」
いくら敵方に回っているとは言え、やはり子供相手に手は上げられない。もはや彼女たちに対処策は無いはず。チェックメイトだろう。
真は失念していた。
彼女たちと同じ大幹部であるゾれぅ大佐が、追い詰められた時にどういう行動に出たか。
「「んっふっふっふ……」」
「え……っ?」
だから、ちに神博士が揃って漏らした含み笑いに、狼狽を隠せなかった。この劣勢の状況下で、なお笑ってみせる余裕があるのか。
「甘いねぇ、ぶとーおーじ……ヤキニクマンチョコよりも甘い、甘すぎる!!」
「しょーりせんげんにはまだ早いんだなぁ、これが!!」
含み笑いどころか、二人同時にふんぞり返って高らかと笑い出す二人の博士。思わぬ展開に言葉を失っている真を置き去りに、話を続ける二人。
「むかしっからオヤクソクっしょ?」
「双子には双子にしか出来ない、ひっさつわざがあるのだ!!」
つまり、隠し玉があるということか。
「ワタシたちが力を合わせれば、」
「このぐらいのピンチはよゆーしゃくしゃく!!」
二人で肩を組んで、びしっと同時に真を指差してくる。見得を切っただけとしか思えないその行動は、しかし一笑に付せない奇妙な迫力があった。
「さ〜て、見せてあげよ〜っ!」
「うんっ!!」
左右対称の同一存在がその視線を交わして満面の笑みで頷き合った瞬間、目に見えぬ「力の波」が周囲に広がった。
「えっ……!?」
そう、目に見えないはずなのに確かに感じられた、大きな力の奔流。その影響下に晒された真の脳裏に、不可思議なイメージが流れ込む。
「……何だ今の……ゲージ……?」
それは古いゲージインジケータのような計器の映像
――横方向へ何色か分けられた目盛りの上を、赤い針が滑っていく、そんな光景だった。
『説明しよう!!』
突如、館内放送用と思われるスピーカーから博士の声が響き渡る。明らかに用意されていたとしか思えない絶妙のタイミングである。
『ちに神博士Aとちに神・M・博士の姉妹愛エネルギーが限界に達したとき……』
今しがた見えたのが、その姉妹愛エネルギーゲージなのだろうか。そしてそれが限界に達するとどうなるというのか。その答えが、直後に示される。
『二人はめっちゃ強い怪アイドルへと変身することができるのだ!!』
「え、変身……しまった!?」
気付いた時には既に手遅れ、先程とは完全に立場が逆転していた。ゾれぅ大佐が変身したのだから、この二人が変身しないはずが無かったのだ。真がゲージの映像や解説に気を取られている隙に、博士たちはそれぞれ広間の左右の端に移動していた。間髪入れず、二人同時に正面へ走り出す。
「な、何を!?」
双方が右手を側方に突き出し、ひじを軽く曲げている。プロレス技のラリアットのような格好である。まさかラリアット同士で相打ちになるわけでも無いだろうが、だとしたらあのポーズは何なのか。真が困惑している間にも、二人の距離はぐんぐんと近付いて行く。今にもぶつかり合うのでは無いかというそのタイミングで
――
「ばりょおおぉぉぉぉむっ!!」
「くろおおぉぉぉぉすっ!!」
どちらからとも無く挙げられた掛け声と同時に、二人の腕ががっちりと組み合い、言葉の通りに十字を模った。直後、真が変身する時と似たようなまばゆい光が視界を包み込み、世界が白一色に覆われる。
「うっ……!?」
咄嗟に顔を背けたおかげですぐに視界は回復してきたが、そこに現れたその光景は、にわかには信じ難いものだった。
「「んふふ……お待たせしちゃったね〜。」」
博士たちが同時に声を発している。今までだったらそう判断するしかない、ぴったりと重なった二つの音声。しかし現実に目の前にある「それ」を見たら、それ以外の判断要素を考慮に入れざるを得ない。そう、今この時をもって、「二人同時」は間違いとなったのだ。何故なら
――
「「怪アイドル・医科デビル、お相手しちゃうわよん?」」
――そこに存在する個体数は、1つだったのだから。
医科の名が体を現すとおり、白衣に聴診器など医療従事者の衣装や小道具を身に纏っている。頭からは角、背中には羽根と尻尾、腕と足首からも小さな羽根が生えており、デビルの名にも偽りが無い。しかしむしろ問題は、そのコスチュームでは無かった。
「……何か、大きくなってない?」
明らかに背が高くなっている。何しろ真よりも長身になっているのだから。外見上の変化はそれだけに留まらず、スタイルもその成長に応じて良くなっている。髪型は二人の結び目を両方有しているが、そこから伸びる髪はボリュームたっぷりのさらさらロングヘアー。小悪魔的な魅力を持った大人の女性
――そんなイメージである。
「「そりゃそうだよ、合体変身したらキレイにメイクアップ……基本っしょ?」」
やはりこの姿、あの二人が合体
――より厳密に言えば融合か
――したものらしい。どうやら外見だけで無く内面も性能強化されているようで、口調がいつもよりはやや落ち着いた感じになっている。
「「このために一人称練習しといて良かったわ。何て言えばいいのか困っちゃうもん。」」
いつも通りの一人称で話してくれていれば、その正体にすぐに気付くことが出来ただろうに、意図せず迷惑な試みをしてくれたものである。
「でも、相手にするなら二人より一人の方が楽だよね……。」
「「さて、そう上手く行くかなぁ……?」」
片手を白衣のポケットに入れたまま、合体したちに神博士
――医科デビルは逆の手を軽くかざして指を鳴らした。そのポーズがまたどうにも大人っぽいのが憎らしい。
「「スター・トースター……こちらの攻めの手はこれよん。」」
またも床が開いて出現したのは、星の形をした掌ほどの大きさの円盤。どんな仕掛けかは不明だが、ふよふよと医科デビルの頭上に浮かんでいる。
「「んふふ……びっくりショーの始まり始まりぃ。」」
再度、医科デビルが指を鳴らすのに合わせて、トースターと呼ばれた円盤がその色を変えて行く。
「な……うわっ!?」
初めは黄色かったその円盤が徐々に赤色に染まっていき、真っ赤になったその瞬間だった。突然その表面に細長い長方形の穴が開き、何かが射出される。一直線に真を狙って飛んできたそれは、反射的に回避行動を取った真の頬を掠めて後方へ消えて行った。
「「ありゃ、避けられちゃった。あつあつトーストはお気に召さなかった?」」
視線から医科デビルが外れない程度に後方に目をやると、壁にぶつかって床に転がっているのは一枚の食パンだった。少し焦げ目がつくぐらいの丁度良い焼き具合になっている。
「ちょっとこら、食べ物粗末にしちゃダメだって教わらなかったのか!?」
この場で論ずるべきことでは無い気もするが、これはさすがに情操教育上良くない。
「「それは大丈夫。後で回収して飼料として再活用するからねぇ。」」
医科デビルはあらぬ方向に振り返り、ニコリと笑ってウィンクしてみせる。
「「使われた食パンは後で動物さんたちが美味しく頂きました♪」」
「誰に向かって言ってるんだよ……」
そんなやり取りをしている間に、星型円盤が再びその口を開けようとしていた。
「……って、やばっ!?」
真が慌てて飛び退くと、直前までいたその位置を間一髪でトーストが通り過ぎていく。
「でも、射撃を避けながらの戦いは経験済みだから……っ!」
洗脳された律子との戦闘では、こんなものでは済まない激しい弾幕をかいくぐったのだ。たかだか単発のトースト射撃など、物の数では無い。
「もったいぶるとロクなことにならないし、一気に決める!!」
次々射出されるトーストを避けながら、真は医科デビルを中心に円運動を描き始めた。剥離する塗料もおとりにしながら、徐々にそのスピードが上がっていく。とにかく隙を付いてあの円盤を叩き落そう。そうすれば形成は一気にひっくり返るはず。
「「んふふ……ミッドナイト・エージェント?」」
真を改造した当人であるわけだから、これから真が仕掛けようとしている技も当然理解はしてるのだろう。しかし、自分が施した必殺技に倒されることが無いという道理は無い。そもそもにあの円盤はふよふよ浮いているだけであり、素早い回避が出来るようには見えなかった。
「「……いやだねぇ、まさかそれがすんなりと入るとでも思ってる?」」
マスターバージョンとなり、無数の残像を残して高速移動を続ける真を無視するかのように、医科デビルはポケットに入れていた方の手をゆっくりと引き出す。
「「ミッドナイト・エージェントはワタシには通じない。」」
その手に握られているのは、見た目には縄跳びのグリップのような細長い物体。しかしその先端には、スイッチのような出っ張りが付いている。そこに親指をかけ、医科デビルはニヤリと口の端を上げた。
「「V10フィールド、展開っ!!」」
今度は気のせいでは無く、確かに力場の形成が視界に映っていた。光の粒が環帯状に高速で広がり、直後、真の体が下方に軽く引き込まれた。
「うぇっ、何っ!?」
何が起きたのかもわからずに、足をもつれさせて派手に転ぶ真。なまじっか高速移動を始めていたため、受け身も殆ど取れずに床を滑るハメになった。
「いてて……むがっ!?」
腰をさすりながら立ち上がろうとした真の口に、凄まじい勢いで何かが飛び込んできた。やや硬質だが非常に香ばしい、しかし何よりも
――
「あ、あふい、あひひひひひっっ!!」
口に物を入れたまま、真が絶叫する。現象としては、「射撃されたものが命中した」に過ぎない。
「「んふふ……あつあつトースト、美味しいかなぁ?」」
確かにパン自体は非常に良質のものなのかもしれないが、トースターを飛び出してダイレクトに飛び込んで来たトーストは、はっきり言って非常に熱い。だからと言って口に入れた食べ物を吐き出すわけにも行かず、真は必死でパンを噛み切り、咀嚼して飲み込んだ。
「……うぅ……喉がパサパサする……」
輪をかけて恐ろしいのが、何も塗られていないことである。品質の良い食パンはバターなど塗らなくても美味しいとは言われるが、激しい運動の最中に喉に通すにはあまりにも水分が足りない。
「「えらいねぇ、ちゃんと全部食べてくれるんだ〜……まぁあんなお説教しちゃねぇ。」」
しかし解せない。こんな状況でトーストを食すハメになったのは、「何かに足を取られて」回避に失敗したからである。いったい何に躓いたのだろう。先程からどうも足元がおぼつかないことと何か関係があるのか。律子との時のように、麻痺毒などを吸わされた気配は無いのだが。
「……え、これは……!?」
まさかと思って足元を見た真は、その信じ難い光景に続く言葉を飲み込んだ。
「「んふふ……そう、これが対ミッドナイト・エージェント用防御障壁、V10フィールドの効果よん。」」
まるで沼地の上にいるような、そんな状態。確かに病院や学校で見られるようなラバーシートの床だったはずなのに、そこに足首がずぶりと嵌っている。
「「このV10フィールドの展開範囲内では、あらゆる足場が溶解する……つまり、素早いステップを繰り返す必要のあるミッドナイト・エージェントは……」」
「完全に封じられる……!!」
「「ごめーと〜♪」」
伝家の宝刀であり、唯一の決め技であるミッドナイト・エージェント。それが封じられた状況にあっては、もはや為す術は無きに等しかった。
「まさか……マスターバージョンも通じないなんて……」
「「残念だったねぇ……でも最近は少年漫画ですら、新必殺技が1週で破られることも珍しくないのだよ……んふふふふっ♪」」
やはり深追いするべきでは無かったのだ。せめて律子が一緒だったら、現状を打破する戦術を示してくれたかもしれなかったのに。自分の勇み足を悔いたところで、もはや全ては後の祭り。
「「さぁ、しんじゃーずのみなさん、そいつを捕まえちゃえっ!!」」
がくりと膝をついた真を指差しながら、医科デビルは手を打ち鳴らして指示を口にする。それに呼応するように入り口の扉が開き、ぞろぞろと一般人がなだれ込んで来た。ルッカー戦闘員では無くポジティブ教の信者を使うあたりが、医科デビルの嫌らしさだろう。これでは防戦一方で粘るという戦法すらも取らせてもらえないではないか。抵抗する術もなく、真は両側からがっちりと捕まえられてしまった。
「くっ、くそっ、離せ、こらーっ!!」
もはやどうすることも出来ない
――万事休す、だ。
今度こそ悪の手先に改造されてしまうのかと、真が本気で覚悟したその時
――
「じゃあ……新必殺技が破られた後で更なる新技が登場するのも、珍しくは無いわよね?」
そんな声と共に、激しい破砕音が響き渡る。音の出所は上方、採光用の窓ガラスだった。
「「な、なに、なになになに?」」
これまで余裕の表情を決して崩さなかった医科デビルにも、これは予想外の出来事だったらしい。あからさまな困惑を隠しもせず、きょろきょろと周囲を見回している。
「間に合って良かったわ……仮面ダンサー、すぐに助けますから。」
窓を破って飛び込んで来たと思われるその人物は、ちょうど窓ガラスの真下、医科デビルを挟んで真の反対側に立っていた。
緑色のカマーベストに黒いタイトスカート、白のブラウスに紫色のスカーフが映える、言うなれば「事務員」という印象を持たされる容貌。顔には仮面ダンサーと同じような舞踏会アイマスクを付けていて、その素顔は見えない。マスクには過剰なまでに羽毛が付けられており、まるで一対の翼のようでもあった。
「哀れな信者の皆さん……お願い、正気に戻って……!!」
事務員の格好をした女性は目を閉じて軽く息を吸い込むと、おもむろに歌を奏で始める。
「「な、何をぉっ?」」
またも予想外の出来事に、医科デビルは目を白黒させ続けている。困惑のあまりなのか、乱入者への対処をすっかり忘れているようだ。星型の円盤も完全に動きを止めている。
「……なんて、綺麗な歌声なんだ……」
女性の歌声は美しく澄み渡り、それでいて力強く、何よりも優しかった。場がその優しさに包まれ、その一言一言が、心を癒やすメッセージのように染み渡る。女性が歌うのを止めた時には、信者たちは安らかな笑みを浮かべて歌の余韻に浸っていた。いずれも心ここに在らずと言った表情で、これはこれで正気と言えるのかは怪しいところではあったが、真にとっては紛れも無いピンチの脱出を意味していた。
「大丈夫?」
「あ……はい。」
いつの間にか真の傍らに来ていた女性に手を取られ、おぼつかない足取りで立ち上がる真。特に暴行を加えられたわけでもないのだが、この足場はあまりに不安定だ。
「あなたは……?」
助けてくれたのだから味方であることに間違いは無いが、何者かわからないのも落ち着かない。せめて名前だけでも知りたかった。
「私は……そうね、『サイレントブルード』とでも呼んで。」
「サイレントブルード……?」
何だろう、この違和感は。自分はこの人を知っている気がする。
「あなたに届け物よ。」
「え?」
「あの医科デビルを倒すための、新しい力。」
サイレントブルードが手渡してきたのは、翼の生えたマスコットが描かれたリストバンドだった。その見た目は「AMCGバンド」と呼ばれるアクセサリにそっくりである。
「「あーーーーー、それはっっ!?」」
驚愕の声を突然上げたのは、何故か無関係のはずの医科デビルだった。叫び声の内容からすると、どうもこのリストバンドを見て驚いているらしい。
「「何でチミが『それ』を持ってんのぉ!?」」
「この前、いただいて来たからよ。」
「「この前って……あの時の侵入者っ!?」」
サイレントブルードと医科デビルのやり取りを聞いていて、真はルッカー本部を脱出した時のことを思い出す。あの時、何者かの侵入が真に脱出のチャンスを作ってくれた。それがこのサイレントブルードだったとすると、つまり真が助けられたのは二回目ということになるのか。
「あの……」
「ごめんね、話は後……これから言うことをよく聞いて?」
「は、はい。」
せめてお礼だけでも言いたかったのだが、サイレントブルードの優しくも真剣な制止を受け、真は言われるがままに口を噤む。
「医科デビルの合体は、コアになるアクセサリを壊せばすぐに解除出来る。」
「コアって?」
「彼女が首から提げている、どんかつペンダントよ。」
言われて医科デビルを見てみると、確かに首からペンダントを提げていた。左半分が「どん」で右半分が「かつ」という、左右非対称のデザインになっている。見るからに真ん中で折ってくださいと言わんばかりの印象だ。
「でも、ミッドナイト・エージェントはあいつに通じないんですよ?」
そう、せめてそれが通じるのなら、一気に懐に潜り込んで勝負を決められるのに。
「大丈夫、答えはそのバンドが教えてくれるわ。」
なお不安を拭いきれない真に、優しく微笑んで頷いてみせるサイレントブルード。そこへ医科デビルの叫び声が割り込んでくる。
「「えええいっ、しんじゃーず、再洗脳ーっ!!」」
V10フィールドの光の粒が再び広間を駆け巡る。未だに恍惚とした表情で立ち尽くしていた信者たちがびくんと体を大きく震わせると、再び真たちの方へとにじり寄り始めた。
「「んふふふ、V10フィールドは一般人の理性も溶かしつくすのさぁ!!」」
これではいたちごっこだ。いくらサイレントブルードが信者たちの動きを止めてもキリが無い。
「早くそのバンドを! 急いで仮面ダンサー!!」
促されるがままにリストバンドを腕に装着する真。何も起きないじゃないかと思ったのも一瞬のこと、何かが腕から全身へと流れ込んでくる感覚。
――こ、これは……歌……歌の力……っ!!
本物のAMCGバンドは、ボーカル系のイメージを重視するユニットが愛用するアクセサリである。同様にこのリストバンドも、真のボーカルの力を高めてくれるということなのか。
――「それは、未来を切り開く力。」
――この声……!!
真を新たなステージへと導く、優しい声。
――「だから怖くない……きっと上手く超えられる。」
――そうだ、何も怖くない……
――「今、この瞬間……」
――前を向いて……
――「輝いた未来へ……」
――突き進む……まっすぐに!!
「うおおおおおおおっ!!」
真の吠える声に呼応するように衣装の「尾」が激しく逆立ち、その形状を変化させて行く。それぞれ二つの大きな口を有した、円筒形の重なったような機械的なパーツ。さながらジェットエンジンの噴射口である。
「「げげげっ、まさかそれ使っちゃうん!?」」
真が腰を低く落とすと、全ての噴射口に光が灯り、轟音を放ち始める。周囲には空気の奔流が生まれ始め、信者たちは思うように歩みを進められないでいた。噴射口が一際大きな轟音を放つのに合わせて真は顔を上げると、うろたえ続ける医科デビルに「狙い」を定めた。
「スルー・ジャスト・ストレートッ!!」
塗料が剥げるなどと言う生半可なものでは無かった。真の残像が二つの箇所に残り、突風だけが医科デビルの体を突き抜けて行く。残像が残ったのは、直前まで真が立っていた場所と、医科デビルの目の前。しかして真の実体は、医科デビルの遥か後方にあった。その手には、どんかつペンダントが握られている。
「「あ……ちょ、ちょっとタンマっ!!」」
突風に煽られて尻餅をついていた医科デビルは、慌てて立ち上がり真に近寄ろうとする。
「タンマは無しだよ……っと!!」
少し力を入れると、「どん」の部分と「かつ」の部分があっさりと分離した。初めから着脱が可能になっているらしい。
「「うわわわわっ、合体があああああ……」」
うろたえる声を掻き消すように、医科デビルの体が光に包まれた。白いシルエットと化したその体が二つの小さなシルエットに分かれ、ちに神博士の姿を再現して行く。医科デビルの融合解除と共に広間の床が元の材質を取り戻し、信者たちはパタパタと倒れていった。恐らくは洗脳が解けたショックで気を失ったのだろう。これで「彼女たち」は完全に無防備だ。
「よし……やっと……」
融合した影響なのか分裂したショックなのかはわからないが、二人のサングラスは外れてしまっていた。ちに神博士の素顔は、真が、元を辿れば律子が予測していた通り
――
「やっと追い詰めたぞ……亜美、真美!!」
――765プロ所属の双子アイドル、双海亜美と真美。
「げ、真美、変装解けちゃってるよ!!」
「うわ、どうしよう亜美!?」
「どうしようってどうしようもなくない!?」
「うえええ、めっちゃ怒られるーー!!」
侃々諤々と現状を嘆きながらも、じりじりと後ずさりを始める亜美&真美。そうは行くかとばかりに、真は素早く二人の襟の後ろ側を掴み上げた。
「うわわわわ、おたすけーーー!!」
「いのちばかりはーーー!!」
「人を殺人鬼みたいに言うなよ!!」
ばたばたと暴れる二人を確保し、とりあえずどうしたものかと思案を始めようとしたその時
――
「仮面ダンサー、危ない!!」
「えっ?」
サイレントブルードの悲痛な叫び声に反応して、何となく入口の方へ視線を向けた真の目に映ったのは、一人のローブ姿の人物だった。目深にフードをかぶっているのでその表情は伺い知れなかったが、一つはっきりしていることがあった。
彼女が、今まさに「歌おうとしている」ということ。
「……うっ!?」
それは美しくもどこか物悲しい、しかし強い意志を秘めた歌声だった。先程のサイレントブルードの歌声とは対照的な、人の心を物思いの海へ引きずり込む暗く甘い誘惑
――その詞が紡ぐのは、自由と孤独、二つの力で飛び立つ一羽の蒼き翼。
それが今まさに、真の眼前に迫っていたのだ。
「うわあああぁっ!?」
反射的に両手で顔を覆い、防御姿勢を取る真。しかし、予想していた衝撃はいつまで経っても訪れない。
「……あ、あれ……?」
恐る恐る目を開くと、巨大な鳥などどこにもいなかった。視線の先には相変わらず入口に無言で立つローブの人物と、その陰に隠れて舌を出している亜美と真美の姿。
「あ、しまった!!」
「おぼえてろ〜、きっとしかえししてやる〜っ!!」
「いーーーーっだ!!」
言いたい放題憎まれ口を叩くと、二人は一目散に廊下を走り去って行ってしまった。すぐにでも追いかけたいところだったが、それを遮るようにローブの人物が立ち塞がっている。
「舞踏王子……直接会うのは初めてね。」
その名で真を呼ぶということは、この人物もルッカーの関係者なのだろう。先程の歌声と今発した声を聴いた限りでは、ローブの中身は女性らしい。
「君も……ルッカーの?」
「そう。私はルッカー大幹部の一人……仲間からは『至極歌い師』と呼ばれているわ。」
確かに、その「至極」の名に偽りは無いだろう。実際に聴いたのは数フレーズ程度ではあるが、それだけでもわかるほどに凄まじい歌唱力だった。
「今日は博士たちを助けに来ただけ。だから、これで失礼するわ。」
待て、とは言えなかった。彼女の持ってる力は、一端だけでもあれだけの恐ろしさがある。現在の満身創痍の状態では、きっと勝負にならないだろう。帰ってくれるなら、その方がありがたい。
「また会いましょう……近いうちにね。」
見逃された、と考えると悔しい気もするが、命拾いしたのは確かなのだ。歌い師が去った後、周囲を見回してみれば、サイレントブルードもいつの間にか姿を消していた。気付けば真一人がここに残された形になってしまった。
腕に巻かれたリストバンドは消えていないので、彼女は幻などではなく確かに実在しているのだろう。そして新たなルッカー大幹部、至極歌い師も。
「とりあえず、帰って律子に報告か……いろんなことが起きすぎだよ……」
かくして、史上最大のピンチを新たなる必殺技で打破した真。
しかし、次に現れた大幹部はこれまでの三人を遥かに上回る力を有していた。
至極歌い師と名乗った強大な敵に、真はいかに立ち向かっていくのだろうか……?
第6話 おわり
次回予告
ルッカーが物流の混乱を狙っていると聞き、配送工場へ急行する真。
しかしそれは仮面ダンサーを誘い出すために仕掛けられた罠だった!
復讐に燃えるちに神博士と、真の力を試さんと現れる至極歌い師。
新たな力を制御しきれない真のピンチに、律子の救援は間に合うのか!?
次回、仮面ダンサー・第7話
『合成怪人の脅威!』
踊ろう……仮初めの輪舞曲を……。