ポップンミュージックSS
続・かごめさんのインドア生活日記


 初めましての方は初めまして、そうでない方も初めまして。ええ、こんな詩人は知らねぇよゴルァって方々が殆どでしょう。私もよそでは見たことありません。
 申し遅れました。私、しがない少女詩人をやっております、かごめと申す者です。いい歳して少女もねーだろと言われそうですが、いや大丈夫まだ大丈夫です。少なくとも19歳までは魔法「少女」で貫けるというデータがあります。
 かつては花も恥じらう女子中学生だった私も、様々な苦境を乗り越え、今では無事に花の女子高生です。苦境の内容ですか? 主に出席日数ですかね。はい、もう昔っから病弱で、朝がとにかく起きられないのです。それこそ深夜までアビセアに籠もってた翌日などは……っと話が逸れましたね。病弱です、病弱。それこそインフルエンザにかかっただけでしばらく学校を休まねばならぬほどには病弱です。決してオンラインの世界から帰還するタイミングを計りかねているわけではございません。
 もっとも、以前に比べて朝に強くなったのは事実です。一人暮らしではどうしても止めた目覚ましの再セットは出来ませんから、二度寝=サボりです。あ、間違えました。二度寝=まことに不本意ながら一身上の都合で欠席、ですね。今さら取り繕っても遅い? おっしゃるとおりで。
 また話が逸れかけました。朝に強くなった理由でしたね。それは――

「おはよう。」
「あ、おはようかごめ!!」

 マイラブリーエンジェルの焼くトーストの匂い、これを越える目覚まし要素がありましょうか。極上です、まさに上の極み、もはや高等を通り越してわけがわからない、むしろどうしようもない。あれ、何か語感が悪いですね。まぁ良いでしょう。
 またもご紹介が遅れました。文字通りのこの小さな天使はポエット。ホワイトランドとかいう異世界からやってきた神の使いです。1年ちょっと前から一緒に暮らしており、今ではすっかり私の可愛い奥さんです。
「む〜、かごめ眠そうにしてる……また遅くまでゲームしてたでしょ!」
「う……そ、そんなことは……」
「ないの?」
「……あります。ごめんなさい。」
 奥さんというよりお母さんじゃないかという異論は認めません。長く暮らしていると関係のあり方というのも変わってくるのですよ。
「うん、ちゃんとごめんなさいできたね。かごめえらいっ♪」
 笑顔で背伸びしながら撫でくりされるとかなり照れますね。幸せすぎますね。ていうかもう死んでもいいです。これが癖になって完全更正してないなんて口が裂けても言えません。
「さ、早く食べよ? 学校に遅れちゃうよ。」
「そうね……ポエットも今日は?」
「うん。教会のお手伝いの日。」
 私の家で暮らすようになってしばらくは、ご近所さんから「服に羽をくっつけただけの心根の優しい良い子」程度の認識しか持たれてなかったポエットですが、とある事件で思い切り天使であることが知れ渡ってしまいまして、今では週に何度か教会のお手伝いにお呼ばれしているようです。まさに共働き。世知辛い世の中です。
「なら、帰りはモールで待ち合わせましょうか。」
「かごめとお買い物! えへへ……嬉しいな♪」
 ああ、なんと純粋な笑顔。無邪気な歓喜。眩しくて視覚を失いそうです。この眩しさなら浮遊する軍事大国もきっと昇天できます。
「ごちそうさま、美味しかったわ。」
「うん、おそまつさまでした〜!」
 この食後の一緒に食器を片づけている時間の幸福なこと。うらやましい? けっこうけっこう、もっと羨んでください。あ、恨むのは無しで。

−−・−−

 学校においての私は、クラス中の注目の的――になることもなく、悪目立ちもせず孤立もせず、微妙な立ち位置をキープしております。幸か不幸か、私の「副業」については知ってる人も多いようで、水の合わない用事はそれを盾に断るようにしています。まさに役得、活用しない手はありませんね。
 しかし学校というのはやはりいろいろな人が集まります。相変わらず群れるのを好む者もいれば、孤独を好む者もいます。私ですか? わざわざ聞きますかそれを。

 もっとも端っこには端っこ同士で共鳴する部分もあるようで、群れとは至らないまでの共同体が出来上がることもあります。共鳴というか利害の一致ですね。多少の束縛と引き替えに利益を得るということです。この利益がなかなか大きい。主に得をするのは時間なのですが、単身では超越できないので、まぁ非常に美味しいことこの上ありません。
「……硝子、尻尾……」
「いま切れるわ。角は折れてる?」
 辛気くさい声同士の会話ですが、残念ながら片方は私のものです。ちなみに現況はわりとシンプルです。放課後の教室の片隅で、二人の女生徒が席を向かい合わせにして談笑している。非常に花のある風景ですね。はい嘘つきました。ただいま少女狩猟中です。
「出た……?」
「出た。助かったわ。」
 淡々としゃべるこの女は硝子というクラスメート。あまり表には出しませんが、ペットが魚で安定するレベルには私と同族です。あ、ちょっと例えが古いですか。まぁいいでしょう、わかる人だけ呆れてください。入学早々に同族の匂いをお互いに検知した我々は、わりとすんなりとつるむようになっていました。コミュ力ってやつです。こみゅちから。
「それじゃ……そろそろ行くわ……」
「ええ。ありがとう。」
 礼の言葉もやはり淡々と述べるので、本当に感謝されているのか怪しくも感じますが、こいつはいつもこうです。かくいう私も(脳内ではともかく)平時は感情を口に出すのが得意ではないので、偉そうには言えませんが。なにしろ感情の起伏が非常にわかりにくい女で、入学初日に「よろしくガラスさん」とウィットに富んだジョーク混じりに語りかけたら、普通に「よろしく」と返事してきやがりまして、まぁあの時の気まずさったらありませんでした。あ、ちなみにショウコと読むらしいです。

−−・−−

 荷物をまとめて教室を後にし、目指すはショッピングモールの巨大モニュメント。マイラブリーエンジェルとの定番の待ち合わせ場所です。そのモニュメント、聞いた話によると「未来」をイメージしたデザインらしいのですが、ぱっと見には「鉄骨を適当に組み合わせて申し訳程度に手足をくっつけたもの」にしか見えません。というか実際にそうなのだから仕方ないのですが。それに与えられた意味と実態と間に存在するアンバランスは世の常です。お、今わたし詩人らしいこと言いましたね。ご褒美はギャッラルホルンでいいです。フリーダムハードコアじゃなくてですね……いや忘れてください。ネタをかぶせすぎたと反省しております。
「ポエット……まってるかな……」
 実はポエットのお仕事が終わるのは私の終業よりも遅いため、余った時間を利用して一狩り行ってたわけですが、予想以上に興が乗ってしまいまして、気付いたら時間を過ぎていたのです。幸い、学校からモールはすぐ近くなので、さほどの遅刻にはならないでしょうが、可愛い天使を待たせるなど万死に値する罪です。1万回死ぬが良い私。ああいや待ってください、ポエットが可愛すぎて既に10万回は萌え死にそうになった記憶がありますね。1割ぐらいは実際に死んでてもおかしくありません。はい贖罪完了。
「……あれ……私のが先なの……?」
 しかしてトレンディードラマの主人公のごとく待ち合わせ場所に小走りに現れた少女詩人でしたが、そこに待っているはずの助演女優……じゃない、ポエットの姿がありません。これはあまりにも奇怪。武道大会に優勝して城に帰ったら誰もいなくなってるレベルに奇怪です。あの誠実が無垢の皮をかぶったような良心の結晶体たる小さな天使が、待ち合わせに遅刻してくるなど考えられないのです。私のような薄汚れた地上に魂を汚されきった人間失格生命体とは違うのですから。
「まだ……お仕事かしら……?」
 教会にだって残業があってもおかしくはありません。例えば異常に話の長い懺悔客が現れたとか、今日だけ賛美歌がロングバージョンだったとか、いやまさかノンストップメガミックスという可能性も……懐かしいですね、ノンストップメガミックスモード。失礼、話が逸れました。ポエットがお手伝いをしている教会はそう遠くないので、ちょっと様子を見に行ってみることにしますか。

−−・−−

 で。

「おそい。どこほっつき歩いてたの?」
「え……?」

 えーと?

 とりあえず状況を整理しましょう。タイムラインを遡ってみれば良いのです。だいぶ前からになりますが。

 教会を訪ねてみたものの、ポエットはとっくの昔に帰っていました。ただ、どこか様子がおかしいようだったとのことで、もしかすると体調が悪くて家に戻っているのかもしれないと、私も家に帰ってきたわけです。予想通り可愛い天使は既に帰宅していて、リビングのソファーに腰掛けて私の帰りを待っていてくれたわけです。あら、あっさり追いつきましたね。
 とは言え、そこからがおかしかった。開口一番、先ほどの言葉です。本当にポエットの喉から生み出された言葉なのかと耳を疑いますが、残念ながら私の耳がマイスイートラブリーリトルエンジェルの声を聞き間違えるわけがありません。
 いま目の前にある光景は、現実のものなんでしょうか。むしろ幻想と言われてすら実在を信じられないというか、何が何だかわからない――

「ごはん。」
「え、え……?」
「ポエットおなかへった。ごはん早く作ってよ。」
 確かに給仕の担当を分けた記憶はないので、作ってと言われれば作らざるをえませんが、それ以前に何か違和感。いや明らかに違和感。こんなの絶対おかしいです。
「ポエット……何かあったの……?」
 もちろん天使と言っても怒れば不機嫌にもなりますし、すねてしまうこともありますが、今回のような展開は見たことがない。
「なーんも? ポエットはポエットだけど。」
 何もないわけありません。シガレットチョコを加えてソファにふんぞり返るポエットとかどんな絵面ですか。これはこれで激烈に可愛いので良いっちゃ良いんですが。
「そ、そう……わかったわ、ちょっとまっててね……」
 ええ狼狽えてます。かなり狼狽えてます。突然やってきた反抗期。どう考えてもグレてます。私の天使がグレてしまったとしか思えません。
「もうおなかぺこぺこだよー……ゲームにむちゅうだっただれかさんのおかげでねー?」
 言葉が刺さって傷が付くのだとするなら、その一言で間違いなく刺殺されていたはずです。いまポエットは何と言ったのか。ええ、もちろん聞こえてました。
「あれー、かごめ、きづかれてないと思ってたの?」
 ぱたぱたと低空飛行で近付いてくるポエットが浮かべているのは、明らかな嘲笑。嘲りの対象は考えるまでもありません。
「……見てたの……?」
「窓からこっそりね……かごめったらぜんぜん気づかないの……」
 ああ何か興奮しますねこれ。妻に情事を覗かれた夫みたいな。あいつが相手じゃ萎えますが。ってそういう問題じゃない。この私が窓越しとは言えポエットの存在に気付かなかったなど何と言う屈辱……!
「おともだちは気づいてたみたいだね。手、ふってたし。」
 あんのガラス女あああああ!!! シビレ罠が決まった途端に動き止めてたのはそのせいだったんですかああああ!!!
「せっかくおむかえにいったのになー……」
 口ではそう言いながらも、落ち込んでいる気配は感じられません。しかし朗らかという感じでも無く。
「……ごめん……怒ってる……?」
「ううん、おこってないよ? ただ、おまぬけさんだなーって……」
 くすくすと笑ってみせるその仕草は、今までに見たことのない、月並みな表現ですがいわゆる小悪魔的な、どこか生意気で……ああやばいやばいとにかくこれはこれで可愛いんですよ!!!!
「ねえ、かごめ?」
「……なに?」
 ポエットは相変わらず勝気に口元を歪めたまま、ちょいちょいと手を振っています。どうやら手招きのようです。世界中の全ての招き猫が過去になるほどに神々しく可愛らしい手招きですね。どういう側面で過去になるかは言ってる私自身もよくわかりませんが。ああ思考を巡らせている場合じゃない、お呼びとあらば即参上、です。慌ててソファーに近付いたわけですが、その瞬間――
「……きゃっ!?」
 あらいやだ、私ってば平時にこんな声上げられたんですね。そりゃそうです、接近してきた私をポエットがいきなり引っ張ったのですから。体重がかからないように慌てて受け身を取りますが、不可抗力でポエットに抱きつく形になってしまいました……嬉しいんですけど、嬉しいんですけど何かちょっと雰囲気が妖しいような。
「ポエット、おなかへってもう待てないかも……」
 わざわざ耳元で囁くように声を絞り出すから、吐息が耳に当たる……変に盛り上がってきちゃうので勘弁してほしいような、もっとしてほしいような。なんですか私、何かおかしいですよ。
「あ……だったら……いそいで準備……」
「だーめ、いますぐほしいのー。」
「欲しいって……」
 普段ワガママ言わない子がたまにワガママを言うと可愛いと言いますが、確かに可愛すぎます。元から可愛いポエットですから、可愛さの相乗効果で無敵モード。攻撃に晒された私は瞬殺なわけです。
「……かごめ、知ってる?」
「何を……?」
 ポエットカルトQならかなり自信のある私めですが、さすがにこの問題は難易度が高すぎました。「わかりません」と答えたら正解という可能性もありましたか。そんなとりとめもない思考を遮るかのように、首筋に何だか生ぬるいような水っぽいような感触……が……ちょ……ちょっとまって……
「天使が、この人はもうムリって思ったら、どうすると思う?」
 どうするもこうするもえーとどうすれば……ああだめです混乱してます現状がわからない……甘噛み……っ!?
「あっ……」
 えっ、今の私の声……!?
「その人のタマシイをね……食べちゃうんだよ……“じょうか"するためにね。」
「……ポエットが……私を……んあっ……」
 柔らかい感触が首筋をなぞっていき、それが何だかわかると同時に頭が真っ白になる……意識が混濁してきた……
「なーんて……冗談。」
 体を離してソファに完全に沈んだポエットは、呆気にとられる私に寂しそうに笑ってみせる。その表情が何だか今までのポエットと比べてあまりに大人びていて、どきりとさせられる。それは直前までに冗談交じりに行っていた、官能的な行動よりもずっと魅力に溢れていて――
「かごめ、これがほんとのおねがい……」
「……はい。」
「ずっと……ずっと……ずっとポエットと………………」
 すべての言葉を紡ぐ前に、ポエットの瞼が落ちていき、かくりと力なくその頭が傾く。
「………………すぅ……」
 まるで初めからソファでそうしていたかのように、ポエットは安らかに寝息を立て始めた。実は自分も寝ていて夢を見ていたのではないかと仮定してみたが、幸か不幸か首筋の感触は未だに思い出せる。夢にしては鮮明すぎた。
「何だったの……でしょうか……。」
 明らかにポエットはおかしくなっていた。あまりの想像を絶する出来事に、仕事の日でもないのに表層意識がひっくり返ってしまった。それだけ動転したということなのだろう。懐の中の天使の髪を、起こさない程度に軽く撫でてあげると、子猫のようにふにゅぅと声を上げてむずかっている。可愛い……。

−−・−−

 次に目が覚めたときには、ポエットはすっかり元通り、記憶も殆ど残っていないようだった。ただ、自分が私とある程度の会話をしたってことぐらいは覚えているが、具体的な会話の内容は覚えていないらしい。覚えていないでくれて心から安心した。

 ちなみにこんな珍事が起きた原因は、ポエットの修道服のポケットの中で発見された。それはあまりにも使い古されていて、あまりにもベタベタの、にわかには信じ難い、しかし他に考えられない要因。

 カラフルな装飾の施された銀紙。ポエットによると、教会でもらったお菓子の包み紙らしいが、それがいわゆる――
「……ウィスキーボンボン……ですか……」
 こんな宿命を考えた奴は、よほど脚本の才能が無いのか、ワンパターンが大好きなのか、どちらにしろロクな手合いでは無い。まさかお菓子に微量に含まれるお酒で酔っ払っていただけなんて、そんなわけが無いと思いたいのだが。
「辻褄が……合いすぎますね。」
 逆に言うなら、今回の一件でポエットの少し違う一面も見られ、運が良かったと考えるのも一興かもしれない。大人びてちょっと色っぽいポエット。ずっと子供だと思っていたが、きちんと成長しているのだろうか。ポエット自身によると天使の成長は内面の成長に伴うそうだが、そうなると今回の一件はまた少しポエットを成長させたかもしれない。
「……ふむ。」
 そこで邪念が脳裏をかすめる。本来なら運が良くなければお目にかかれない、アダルティなポエットにまた再開できる簡単な方法。それは言うまでもなく――

「瓶詰めのやつでも買っておきますか、ウィスキーボンボン。」

 そうね、早速買いに行きましょうか。


おわり



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