−1−
異世界と表現しても差し支えの無い幻想郷の中にあって、なお異彩を放つ湖上の洋館、紅魔館。その主である吸血鬼レミリア・スカーレットは、いつも通りのお茶の時間を楽しんでいた。
「まったく……パチェってば、夢中になると何も見えなくなるわよねぇ。」
よく同席するパチュリーは最近また図書館に篭りがちになっており、その姿を見ることが稀になっている。地底に魔理沙を差し向けた際にいろいろと面白い発見があったとかで、調べ物に夢中になっているようなのだ。
「先日もせっかく珍しいお客様がいらっしゃったのに、すれ違いになってしまいましたものね。」
傍らに控えているメイド長
――咲夜が苦笑しながらそんなことを言う。
「まさに調べ物の対象だったのにね。」
地底の妖怪たちに強い興味を持ったパチュリーは、その辺の知識を漁るために図書館に篭城している。しかしそれが災いして、前触れも無く出現した実物の地底妖怪に気付かなかったのだ。
「この調子じゃ、また決定的瞬間を逃してしまうかもね。」
他の者がこのような発言をしたならば、それはただの願望に過ぎないわけで、たいていは笑い話に終わる。しかし、レミリアの場合は少し事情が違う。
彼女がそれを意識しているか否かに関係なく、彼女にとって「有効な」あるいは「有利な」事象が向こうからやってくるのだ。いま彼女が望んだこと、それは
――
「決定的瞬間って例えば……あなたの身体が綺麗に四散する様とか?」
客観的に見れば、次の瞬間にレミリアの姿が消え、その一瞬後にレミリアが存在していた場所に光の渦が発生し、薔薇の花が散るかの如き爆発を起こす、そういう流れだった。薔薇の花と共に散る予定だったレミリアは、咲夜と共に部屋の入口に立っていた。一瞬前まで、入り口から最も遠い窓際のテーブルについていたにも関わらず、だ。
「あれ? ずいぶんと速く動けるのね、あなたって。」
声はすれども姿は見えず。気配すら感じられないというのはどういうことなのか。泰然自若としたレミリアとは対照的に、咲夜の緊張が解けることは無かった。どんなに巧妙に気配を消したところで、自らの能力で時を止めれば問題にはならない。それこそ部屋中の家具をひっくり返してでも探すことが可能なのだから。しかし今回の侵入者はそれが通じない。まるでその存在が認識出来ないものであるかのように
――
「……まさか。」
思い当たることがあったのか、咲夜がハッとしたように顔を上げる。
「どうしたの咲夜?」
「お嬢様、この前のお客様のお話を覚えてますか?」
「あいつの? どんな?」
あいにく咲夜が所用でたびたび席を外している間にも、地底からの来訪者との会話は弾んでいた。話題が多すぎて絞りきれないのだ。
「彼女の妹さんのお話です。」
「ああ……そんな話もしたわね。」
お互いに妹持ちゆえに、姉という立場で発生する愚痴を語り合ったのだった。その流れで、お互いの妹の特徴に話が及んだりもした。
「なるほどね。あんたがさとりの言ってた、ひどい放浪癖のある妹ってわけか。」
どこにいるのかはさっぱりわからないので、とりあえず当てずっぽうで適当な方向に語りかける。もちろんレミリアの勘が外れるということはそう無いので、その方向が正解なのだが。
「ふーん……お姉ちゃんが私のことを他所の人に話すなんて、珍しいこともあるのね。」
そう離れていない位置、それこそ一歩踏み出せば物理的な攻撃が可能な位置に、突如として一人の少女が現れる。否、正確には彼女はそこにずっといたのだ。姿を消していたわけでもなく、何かに擬態していたわけでもない。レミリアと咲夜が認識出来ていなかっただけだ。こうやって一度認識してしまえば、何故今まで気付かなかったのだろうと思ってしまうほどに、その存在感は強かった。
「でも放浪癖ってひどいなぁ。私は無意識のままに動いてるだけなんだけどな〜。」
「それは一般的に放浪って言うのよ。まぁ気の向くままに動くって考え方には共感が持てるわね。」
「あなたは表層意識に忠実に動くんでしょ。私とはある意味真逆だわ。」
傍から見れば、どちらも無軌道に動いていることに変わりは無い。振り回される周囲の人間にしてみれば、その内容の細かい違いなどは大した問題でもないのだ。心を読むことの出来る御仁はこの場にはいないので、咲夜は内心でそんなことを考えていた。
「それで、結局あんたは何のためにここへ来たわけ?」
そうだ、それを確かめねばならない。あまりに突拍子もない出来事を目の前にして、大事なことが抜け落ちてしまっていた。
「ああ、それはもちろん
――」
そして彼女が口にしたのは、咲夜に自らの愚かさを痛感させるに十分な言葉だった。
「
――あなたを、殺しに来たんだけどね。」
−2−
嫌な予感が頭から離れない。又聞きした地上の現在の情勢を考える限りでは、レミリア・スカーレットという存在はあまりにも強大でデタラメな力を持っている。そう簡単に他者に深手を負わされたりはしないだろう。まして彼女は吸血鬼、不意打ち的に弱点を突かれさえしなければ、基本的に不死身である。それに加えて、あのメイド長も常識外れとしか言えない能力を持っているわけだから、二人で組めば不死身な上に無敵だ。
しかし、もしも自分の嫌な予感が的中しているとすれば、「あの子」を相手しなければならないことになる。あの能力を用いて前触れも無く攻撃してくるのは、不意打ちなどという可愛いレベルではない。
「いや……まだ何もあの子が行っていると決まったわけではありませんが……」
まったく、おくうもお燐も口が軽すぎる。この前だって迂闊に山の神のことなど教えるから、ふらふらと地上の神社に行ってしまったのだし。
「やはり心配ですね……」
あの子が基本的に無意識で行動しているとは言え、願望はきちんと行動指針に反映されているのだ。また悪い癖が出て死体を欲しがりでもしたら、その力を最大限に活用して殺しにかかるに違いない。
――彼女の死体が地霊殿に……悪い話でもない?
ふと浮かんだ邪念を払うように頭を大きく振る。
少しの焦燥を顔に浮かべて湖上を急いでいるのは、旧火焔地獄を塞ぐ地底の御殿、地霊殿の主である古明地さとりその人だった。妹のこいしが地上の神社を訪ねて行った騒ぎからまだ一ヶ月も経っていないというのに、またも地上へ向かったらしい。さとりが地上の妖怪と親睦を深めてきたという話をお燐がうっかり話してしまったらしく、意気揚々と出かけて行ったとのことだった。その話を聞いた限りでは、行き先は一つしか考えられない。
「無事だと良いのですが……」
いくら妖怪同士の決闘とは言え、自分の身内が地上の妖怪を手にかけるというのはあまりに体裁がよろしくない。それに、巫女にあの奇妙な珠を持たせた地上妖怪の長に目でも付けられてしまったら、どんな不都合が生じるかわかったものではない。
そもそも、レミリアが傷付く可能性を黙って見過ごすわけには
――
――え、いま私は何を……?
自分は一体何を心配しているのか。気がかりなのは妹の安否ではないのか。だが、いま確かに思った。「レミリアが傷付く可能性が心配」と。
他者への気遣いを重要視する者にとって、他者の心の内を図りかねることが、時として大きな混乱の原因となることがある。しかし、さとりにはそのようなことは無い。気遣いを持たぬというわけでは無く、むしろその物腰の丁寧さは地底を牛耳る勢力の一角である鬼たちにも評判が良い。その能力で他者の心が読めるゆえに、心情を理解出来ずに苦しむということがないだけである。
だから、この混乱の正体がわからなかった。自分の目がその心情を映し出せぬのは妹だけ、そう思い込んでいたから。平時の彼女だったら、自らの誤りに気付いたかもしれない。しかし、少しでも早く紅魔館に辿り着かねばならぬという焦りと、何よりその「心情」の内容が彼女の思考を狂わせていた。
−3−
レミリアを殺しに来たという少女は、その発言とは裏腹に、自分からは動き出そうとしなかった。こちらの出方をうかがっているのだろうか。
「ぼーっと突っ立ってても仕方ないじゃない。やるなら相手になるわよ?」
非常に厄介な能力を持った相手ではあるが、一度姿を捉えたのなら勝ち目が無いわけではない。先程の不意打ちの顛末を考えるに、彼女は存在を隠したまま攻撃することは出来ないのだろう。だったらこちらには時を止められる咲夜が付いている。
しかし、レミリアがそんな挑発をしてみせても、少女はなお動こうとはせず
――
「だからー、来たん『だけど』って言ってるじゃない。さっきのでそんな気は失せちゃったわ。」
無軌道に動くからと言って頭が悪いわけではないらしい。無意識でもないのに無軌道に動く湖上の馬鹿も少しは見習うと良いだろうに。もっとも、一部の高等種族を除いて幻想郷の妖怪たちなど皆そんなものなのだろうが。当のレミリア自身も思い付きで行動を起こすことが少なく無いので、他人のことはあまり言えない。
「それだけ物が考えられるなら、ここに来た理由は他にもあるわね?」
「そんなに大きな用事じゃないけどねー。」
さとりはどちらかと言うと物静かで落ち着いた感じだったが、彼女は感情表現が豊かでよく喋り、姉とは対照的な感じがする。これが素の性格なのだとしたら、さとりで無くともその心の内は簡単には読めないだろう。口調がはっきりしている割に主張は曖昧なので、余計に得体が知れない。
「お姉ちゃんが熱を上げてるって言う地上の妖怪さんを見たかっただけだよ。」
「熱?」
「そう。お姉ちゃんったら、この前地上から帰ってきてからずっと様子が変なんだもの。それでお姉ちゃんのペットに事情を聴いたら、地上で誰かと会ってきたって言うじゃない。」
なるほど、さとりがぼやいていた通り、古明地家のペットは非常に口が軽いらしい。もっとも、家主の妹に詰問されては答えざるを得ない部分もあるのだろうが。
「そいつを持って帰ったらお姉ちゃん喜ぶかなって思ったんだけど、どうも無理そうだし……。」
思考も行動も無軌道で凶暴だが、これで結構姉想いのようだ。死体をまともな形で残せるあたりは、我が家の妹にも見習わせたいところである。
「生きたままで良いから地霊殿に来たりしない?」
こんな無茶な要求をさらりと言ってのけるのは、妹という存在の共通の性質なのだろうか。
「あなた吸血鬼でしょ? 地底だったら一日中太陽が出てないよ。」
「その代わり、月も出て無いわね。」
「あー、それもそうね。」
それ以前に、地上の妖怪が地底に入ることは基本的によろしくないとされている。ただ、少し前までは相互不干渉という約束だったはずなのだが、咲夜によると最近はちょくちょく地底の妖怪を地上で見かけるらしい。大抵は誰かさんの神社で、らしいが。それを考えると、元々あまりルールに縛られるのを好まないレミリアとしては、別に知ったことでは無い部分もある。
しかし、パチュリーが難色を示すであろうことは容易に想像できるのだ。局地的に天候を操る術を持つ彼女の機嫌を損ねると、自分まで妹のように外出禁止措置を取られかねない。
「まぁ、とりあえずお姉ちゃんをよろしくってことで。妹離れするには良い機会でしょ。」
「それはどうかしらね。姉ってのは何百年生きてても妹が気にかかるものなのよ?」
他人から何と言われようと、やはり妹は可愛いのだ。それがどれだけ凶悪な力を持っていて少し気が触れていようとも。
「だったら妹代表で一つ教えてあげる。妹ってのは何百年生きてても妹離れ出来ない姉が心配なものなのよ?」
「代表……?」
確かに彼女は世の中にあまたに存在する「妹」という立場にある者の一人であるが、何だか引っかかる言い方だった。まるで誰かの言葉を代弁するかのような口調。
「まぁ、もちろん愛されてるのは嬉しいのだけど……だってさ。」
今度は完全な伝聞形だ。どこかで聞いたような物言いである。
「さーて、伝えることも伝えたから、そろそろ帰ろうかな〜。」
くるりと踵を返すや否や、レミリアと咲夜の認識から少女の存在が消える。そこにいるのはわかっているはずなのに、うまく認知することが出来ない。
「最後にもう一つ教えてあげる。お姉ちゃんの『目』が働くのは他者の表層意識に対してだけ。他者の無意識はもちろん……自分の無意識もわからないのよ。」
やはり声は聞こえても姿は見えない。距離感すら感じられないと言うのだから、存在そのものをカモフラージュする力というのは恐ろしい。
「むしろお姉ちゃんはね、きっと自分の無意識には鈍いと思うんだ。」
気付けば部屋の扉が開いていた。それはきっと、彼女がそこで一度動きを止めたから認識できたのだろう。もしもそのまま出て行ったのなら、自分たちはその「事実」を認識出来なかったに違いない。
「また遊びに来るね。もっとも……あなたのところには、もう来ないかもしれないけど。」
気付けば既に閉まっていた扉を見つめながら、レミリアは彼女の言い残した言葉を反芻する。遊びに来たのはレミリアの元にではなかった。そして「妹代表」と言う言葉。つまり、彼女の元々の目的とは
――
「まったく……よろしくはこっちの台詞だわ。」
「ええ、仲良くやれそうな感じですわね。」
レミリアの独り言に答える咲夜。側で聞いていて同様に気付いたのだろう。
「変な子だものね、ウマは合うでしょうよ。」
「お互いに困ったお姉様をお持ちですしね。」
「……まぁ、否定はしないわ。」
性分だから矯正もしようが無い。そのおかげで妹同士の会話に花を添えられるなら、道化でいるのも一興だろう。
それが、姉馬鹿というものである。
−4−
「見えた……!」
湖上に佇む紅色の館。時間の効率を考えると、門番に事情を説明するより通過した方が良いだろう。可哀想だが、邪魔をするようなら今回も眠っていてもらうことにしよう。高度を落とさずに門に近付いていくと、予想通り門番が立ちはだかってこようとする。
「おや、あなたは……お嬢様の許可をいただいてくるので、ちょっとお待ちを……」
門番が何かを言おうとした矢先に、さとりは用意しておいた言葉をぶつける。
「追いかけてくるメイド長!」
「うぇっ……!?」
何かを思い出したように顔を恐怖に曇らせる門番。予想通り、催眠術を使う必要すらなかった。
「想起『ザ・ワールド』!」
カードを取り出すと同時に、第三の眼が認識した門番の脳裏に浮かんだ技を叫ぶ。次の瞬間、周囲の空間の全てが凍りついたように停止し、さとりだけが動ける時間が発生する。
「擬似的な再現とは言え……まったく凄まじい能力ですね……」
動きを止めた門番の脇を悠々と通過し、さとりは紅魔館の庭へ降り立つ。ちなみに行使したのは能力の再現ではなく弾幕の再現であるため、門番は停止時間に閉じ込められるに留まらず、無数のナイフに囲まれていた。
元々は成り行きで使ってみた弾幕の再現だったが、決闘以外に使いどころなど無いと思っていた。が、副次効果の活用でこういう使い方も出来るとは。世の中何が役に立つかわからないものである。
程なくして悲痛な悲鳴が聞こえてきたが、今は振り返っている猶予は無い。後で謝罪することを心に留めながら、さとりは館の中へ進入していく。一度案内してもらった時には迷路のように巨大に感じたのだが、あのメイド長の能力下に置かれていないと相応の広さしかない。彼女の能力では距離を伸ばすことしか出来ないのか、風景自体はさほど変ってはいなかった。なので、迷うことなくレミリアの私室に辿り着くことが出来た。
「レミリアさんっ!!」
失礼かとは思ったが、ノック無しで扉を開く。勘に過ぎないのだが、こいしはきっとレミリアの元にいる、そんな気がしてならなかったのだ。
「……騒々しいわよ。」
「あら、すれ違いでしたわね。」
戦闘で無残に荒らされた部屋の惨状を根拠も無く想像していたさとりは、肩透かしを食らったように固まってしまった。
「あ、いや、あの……こいしは……」
「あんたの妹なら帰ったわ、たった今。」
「無事……でしたか?」
「どっちが?」
言われて言葉に窮する。そうだ、自分はどちらの無事を確認したいのだ。吸血鬼と時を操るメイドに喧嘩を売りに来た可愛い妹か、それとも
――
「……どっちも、です。」
かろうじて搾り出した答えがこれだった。
「ふーん……はっきりしないわねぇ。」
つまらなそうに言い放ち、紅茶を一口すするレミリア。何だろう、彼女の反応が悪いと何だか落ち着かない。
「とりあえず何があったかは咲夜に聞けばいいわ。ほら咲夜、なるべく詳しく思い出してあげなさい。」
「はい、お嬢様。」
言われるがままに咲夜の心象に第三の目を凝らす。突然こいしが襲撃してきたこと、レミリアと咲夜のコンビネーションに早々に降参したこと、レミリアを殺して持ち帰ろうとしていたこと、そして
――
「……そんなことを言っていたのですか……」
妹にそのようなことを見透かされていたというのは少し気恥ずかしい。まして第三の目を閉ざして他人の心は読めなくなっているはずのこいしに。
「まぁ確かに、私はこの『目』で見えないものには、あまり考えが及びませんね……」
先日のおくうが暴走した件についても、自分の目の届かないところゆえ、あのような混乱が起きるまで気付くことが出来なかった。いくら放し飼いにしているとは言え、もう少し気を配ってやるべきだったかもしれない。
「まぁいいんじゃないの? 誰だって見えないものは認識できないもの。あんたが他より少し見えすぎるってだけよ。」
レミリアの言葉には包み隠すところが無い。大抵の場合において、心を読んだところで考えていることも喋っていることも一緒なのだ。それを頭が悪いと揶揄するのは簡単だが、いったいどれだけの者が本音を包み隠さずに口にする度量を持ち合わせているだろう。それは他者の心を読めるさとりが、一番よく知っていた。
「それで、さ。」
椅子から飛び降りるように立ち上がると、レミリアはつかつかと歩み寄ってくる。
「さっきのは、どっちが心配だったの?」
その上目遣いの問いかけにどきりとする。先程答えたとおりではないか。どっちも心配だったと
――
「どっちも、で納得したと思ってるわけ?」
「ど、どうして……っ?」
「あんたじゃなくてもそのぐらいは読めるわよ。ああ、あんたはむしろ読めないかしらね?」
意地悪く口の端を吊り上げてるのが可愛らしい。違う、そんなことを言っている状況ではない。質問されているのは
――
「なるほどねぇ……あんた、『心が読めない相手』には徹底的に弱いわけね。」
さらに心臓が飛び跳ねそうになる。今度は一体何を言い出すのか。
「あんたの妹は無意識で動いてるから読む部分が無い。私はあんたに隠し事する気が無いから、心を読む意味がない。共通点は心を『読めない』ことだものね。」
だから、だから何だと言うのか。何を企んでいるのか、その本心を読もうとして、しかし意味が無いことに気付く。いま言われたばかりではないか。どれだけ混乱しているのか。
「な、何を言いたいんですか……」
「予期せぬ出来事に弱いタイプなんだな、って思っただけよ。あと
――」
そして思い知らされる。この少女が吸血鬼であり、吸血鬼という種族が魅了に長けた存在であるという事実を。
(うろたえた顔、可愛いじゃない。)
精神から精神に直接響く言葉。レミリアはあえて口に出さずに、しかしさとりに伝える意志を持ってそれを思考した。そしてさとりの第三の目が、その意思を捉えた。そう、捉えざるを得ないのだ。嫌でも思考を読めてしまうのだから。更に困ったことに、視覚を司る二つの目がレミリアの表情を捉えてしまっていた。勝気な笑みと蠱惑的な瞳に吸い込まれそうになる。
(私と仲良くなれそうだって……言ってたわよね?)
うろたえているうちに無意識に後ずさりしていたのか、気付けば壁際に追い詰められていた。それでもなおレミリアは距離を詰め、ついにはさとりの懐に寄りかかって来る。もう、逃げられない。
(私もね、あなたのこと気に入ってるわ。)
何だろうこの状況は。かつて、相手の心が読めるゆえに地上を追われ、地底でも忌避されるようになったさとりという種。逆に言えば、本来さとりは人の心を読んで弄ぶ妖怪なのだ。なのに、どうして今、自分はこうも弄ばれているのか。心を読めるということを逆手に取られて、こちらの心を乱すような言葉を読まされて、立場が逆などというレベルではない。
そして何故、この弄ばれている状態が心地良いのか。
(私はあなたと違って、相手の心は読めない。)
危険な感情に溺れている
――そう自覚しながら、もう止まることは出来なかった。首筋に当たる吐息を感じながら、搾り出すように言葉を紡ごうとする。
「……私は……」
ああ、そうか。そういうことか。嫌われるのには慣れているけれど、こんなに好意を向けられるのは初めてだから、そして好意という心象がこれほど甘美だということを知らなかったから。
(だから……その気持ちをもう一度、口に出して教えてちょうだい?)
だから、きっと
――
「……私も、あなたのこと……」
――この幼い吸血鬼に、心を支配されてしまったのだ。
END